最終更新: 2020年12月7日

ブリットポップバンド、ASH(アッシュ)のメンバーであるリック・マックマーレイは新作アルバム『Kablammo!』について下記のように語っている。

『Kablammo!』は『Lost Domain』の内省的な部分への反動だよ。ティムはソロの時にレコーディングで取り組んでいた問題がすっきり解消されたと感じていたし、

僕らみんながポップチューンで埋め尽くされたギター中心のレコードを作る事が正解だって感じたんだ。

久しぶりにポップなアルバムを作ることになったきっかけとは?ASHのメンバー、リック・マックマーレイにメールインタビューを行った。

ASHインタビュー

OTCD-4411_photo3

アーティスト:リック・マックマーレイ インタビュアー:yabori 翻訳:木下トモ

―前作の『THE A-Z SERIES』は2週間に1曲ずつデジタル配信と7インチのアナログでアルファベットのAからZまでの26曲の新曲を発表されましたね。どうしてこのようなリリース形態にしたのでしょうか。
リック:僕らは過去にリリースしたアルバムの『Twilight of Innocents』のキャンペーンに失望した後、アルバムというフォーマットを捨てることに決めたんだ。ネット上の著作権侵害やiTuneの到来で音楽業界は混乱していたように思えてね。スタッフたちは一週間ごとにレコード会社からクビを切られ、残された人間はどう対応していいか分からない様だった。バンドとして新しいリリース形態を見つけるのは、自分たち次第だと感じた。音楽ファンは個々にトラックをダウンロードし、アルバムを一つの作品としては無視していた。『THE A-Z SERIES』はそれに対する警告だったんだ。ある意味では、音楽の購入の仕方ってものを予感していたんだろうね。

-もうオリジナルアルバムはリリースしないという発言をしていましたが、どうして今回、アルバムをリリースしようと思ったのでしょうか。
ストリーミングサービスによってアルバムは再び意味があるものになったと思う。2007年頃、僕らがこの先アルバムをリリースしないと宣言した時、アルバムチャートは消えていきつつあった。一方、シングルチャートは、ダウンロードのおかげでチャートにいい影響が出て、長い間好ましくない状態だったものがより適切なチャートの状態になっていたんだ。僕らは、アルバムというフォーマットが2010年までには完全に消えてしまうだろうと予想していた。でも、予想が外れたみたいだね!

-ストリーミング配信が便利になっていった過程で、アルバムの価値が見直されようとしています。MUSEは「アルバムはコンセプトを持たないと、もはやアルバムとして存在できない」とすら語っています。それについてあなたの意見を聞かせてください。
面白いアイデアだね。商業的な観点から見てその意見は核心をついてると思うよ。フィジカルコピー(※CDやレコード)を売る事は、ファンの立場に立って考えると、一つ一つの曲を集めたものとしてというより、アルバム全体を一つの作品として売る事に価値があると思う。しかし、それが本当にそうだとしたら、どうして僕らはシングルのリリースを続けていくんだろうね?

-アルバムを聴いて過去最高傑作だと確信しました。メンバーとの関係も最高の状態ではないかと思いますが、前作をリリースされてからの5年間、みなさんはどのように過ごしていたのでしょうか。
2011年に初めて父親になったんだ。Ashとしてツアーしてない時は、子供を中心にした生活を送っていたよ。それから去年、僕が住んでるエディンバラのThirteen Sevenってバンドに加入したんだ。

-『KABLAMMO!』というタイトルには、どのような意味がこめられているのでしょうか。
そのタイトルは、Ashが8年ぶりにリリースするアルバムが引き起こした爆発の音なんだ。少し漫画っぽい感じもあって。面白くてパンチがあるだろ。

-「Cocoon」は「Burn Baby Burn」を思わせるソングライティングと「Kung Fu」を思わせる勢いのある、素晴らしい楽曲だと思います。この曲はどのようにしてできたのでしょうか。
その曲は、シンプルなコードとサビのメロディーのところがウクレレで書かれたものだったと思う。ティムが僕らの前でその曲を演奏した後、僕らは2回演奏してみて、そこからすぐにデモを作ったんだ。それで完成だ。わくわくする格好いい曲をどうやって作ったらいいかって事を僕らは本能的に分かっていて、そういう風にできた曲なんだ。

-「Moondust」では効果的にストリングスが配置されていたり、「For Eternity」ではピアノを披露していたり、ティムのソロアルバム『LOST DOMAIN』で培った経験も活かされているのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。また他にもソロアルバムを作ったからこそ、ASHに還元できた事があれば教えてください。
むしろ『Kablammo!』は『Lost Domain』の内省的な部分への反動だよ。ティムはソロの時にレコーディングで取り組んでいた問題がすっきり解消されたと感じていたし、僕らみんながポップチューンで埋め尽くされたギター中心のレコードを作る事が正解だって感じたんだ。たくさんの曲に豪華なストリングスが加えられているけど、Ashでは1stアルバムの『1977』からやってるよ。

-ラストの楽曲「Bring Back The Summer」は今までになかったような、エレクトロ・ポップ色の強いサウンドで驚きました。エレクトリックドラムやリズムマシーンを使っているのではないかと思いましたが、どうしてこういうアレンジにしようと思ったのでしょうか。
それは実はほんとのドラムなんだよ。たくさんディレイをかけてるだけなんだ。その歌は、ちょうど80年代の夢見るような雰囲気が上手くでてると思う。僕はアルバムがその曲で終わるのを気に入ってるんだ。とてもセンチメンタルな気分になる。

-今回のアルバムはグッドメロディーの曲を作るという事を何よりも大切にしたアルバムだと感じました。どうして今一度、メロディーの良さを追求しようと思ったのでしょうか。
メロディーこそが僕らの曲を作ってるんだ。僕らは偉大なポップミュージックのファンだからね。

-今回のアルバムはPledge Musicを利用して、作られたようですね。どうしてメジャーレーベルと契約してリリースという方法ではなく、自分のレーベルでリリースするようになったのでしょうか。
『THE A-Z SERIES』は、ファンにとってとても双方向的なものになったと思うし、Pledge Musicは、僕らに新しいアルバムの一部としてそういう側面を持たせ続けてくれた。アルバムの制作中にファンがスタジオに来るのって、とってもクールな出来事だったよ。

-ASIAN KUNG-FU GENERATIONの新作『Wonder Future』は聴かれましたか?このアルバムのエンジニアは、『MELTDOWN』を手掛けたニック・ラスカリネクスだそうです。もしアルバムを聴かれていたら、感想を聴かせてください。

-現在のUKの音楽シーンはASHのサウンドを思わせる、Circa WavesやCatfish and the Bottlemenなどのギターロックバンドが台頭してきたと思います。そういった世代の音楽を聴いて、どう思いますか?
実はどちらもまだチェックできてないんだ!でもこれから聴いてみようと思ってるよ!

-以前インタビューで『THE A-Z SERIES Vol.1』に収録された曲はイギリスのラジオでは全くといっていいほど受けなかったとおっしゃっていましたが、イギリスの音楽メディアはリリース前の新人アーティストに過剰なまでに注目する部分もありますが、キャリアを積んだアーティストが素晴らしい作品を出してもあまり注目していないような印象を受けます。あなた方から見て、イギリスの音楽メディアはどのように写りますか?
僕らがイギリスでメディアに露出する機会に不利益になるような事については、何もコメントしたくないね。新自由主義以外は民主主義に反することで、企業は純益を求めるあまり地球を破壊してるのさ。おっと、ここまでかな。

-これからのASHの目標を教えてください。
『Kablammo!』には入れなかったとても素晴らしい曲がまだまだたくさんあってね、彼らに居場所を見つけてあげたいんだ。できれば今年中にリリースできたらいいなと思ってるよ。

-『KABLAMMO!』はどのような人に聴いて欲しいと思いますか?
人々と、音楽配信を利用できるか音楽を購入することができる生き物ならどんなものにでも。

-BELONGには、“Roots Rock Media”というコンセプトがあります。それにちなんでASHのルーツに当たるアルバムを3枚教えてください。またそれぞれのアルバムに対してどう影響を受けたのか教えてください。

まずThin Lizzy 『Live and Dangerous』。ティムのお兄さんが大学に行った時にこれを彼に残していったんだ。そのアルバムからティムはギターを演奏する事を学んだんだよ。ロック・チューンなんだけどメロディーのセンスが素晴らしくて。僕らが聴いてて気持ちいいと思えるアルバムなんだ。

続いてNirvanaの『Nevermind』。このアルバムは本当にたくさんの事を教えてくれたアルバムで、僕らにとってどれだけ重要かという事を話すのは不可能だ。彼らは、他の誰よりも僕らにソングライティングについて教えてくれた。誠実と情熱、シンプルであるということを。

最後はThe Stoogesのアルバム。彼らは、ガレージバンドの素晴らしさを教えてくれたんだ。パンクはパンクとして。ファンクはファンクとして。

-最後にフジロックでの来日を楽しみにしています。日本のファンへのメッセージをお願いします。
フジロックでまたみんなに会える事が楽しみで仕方ないよ。長いこと日本でプレイしてないから、みんなが恋しいよ!

リリース

『KABLAMMO!』

収録曲:
1. Cocoon / コクーン 
2. Let’s Ride / レッツ・ライド 
3. Machinery / マシナリー 
4. Free / フリー 
5. Go! Fight! Win! / ゴー!ファイト!ウィン! 
6. Moondust / ムーンダスト 
7. Evel Knievel / エベル ナイベル 
8. Hedonism / ヒドニズム 
9. Dispatch / ディスパッチ 
10. Shutdown / シャットダウン 
11. For Eternity / フォー・エタニティ 
12. Bring Back The Summer / ブリング・バック・ザ・サマー
13. Juvenilia / ジュヴェニリア*
14. Terraform / テラフォーム*
15. This Time Tomorrow / ディス・タイム・トゥモロウ*
16. Anything Is Possible / エニシング・イズ・ポシブル*
*日本盤ボーナス・トラック

イベント

『FUJI ROCK FESTIVAL ’15』
2015年7月24日(金)~7月26日(日)
会場:新潟県 湯沢町 苗場スキー場
※ASHの出演は7月24日(金)

プロフィール

OTCD-4411_photo3

“1989年、北アイルランドのダウン州ダウンパトリックの中学に入学したティモシー・ジェイムス・アーサー・ウィーラーとマーク・アレクサンダー・ハミルトンは12歳の時に出会った。サッカーが下手だった2人は音楽の道を選びヴェトナムというバンドを結成するも解散。1992年、二人はドラマーとしてリチャード・ウィルソン・マックマーレイを迎え入れ、辞書の中から自分達が気に入った最初の短い単語を選びASHが誕生する。1994年、ASHはデビュー・シングル「ジャック・ネイムス・ザ・プラネッツ」をラ・ラ・ランド・レーベルからリリース。シングルはBBCレディオ1に取り上げられ、スティーヴ・ラマック、ジョン・ピール、マーク・ラドクリフといったDJ達に注目されるようになり、バンドはインフェクシャス・レコードと契約を結ぶことになる。インフェクシャスから最初にリリースされた「ペトロール」と「アンクル・パット」の両シングルはともにUKインディー・チャートの1位となり、10月にはミニ・アルバム『トレイラー』もリリース。ジェネレイター・レコーズから「ペトロール」の限定シングルを発売し全米デビューも果たす。
 1995年、高校を卒業したASHはイギリスの全土をまわるツアーにでる。この頃にはシングル「ガール・フロム・マーズ」がチャートのトップ20に飛び込み、アメリカではワーナー・レコーズと契約。1996年にはオーウェン・モリスをプロデューサーに起用したデビュー・アルバム『1977』を完成させる。『1977』はUKチャートで1位を獲得。虚無主義的十代の猛威は一大旋風を巻き起こし、バンドはスマッシュ・ヒッツ、NME、セレクト、ケラングといった雑誌の表紙を飾ることになる。結果、アルバムは世界中で100万枚を超えるヒットとなりプラチナ・ディスクとなる。また翌年には新しいギタリストとしてシャーロット・ハザレイが加入し、ASHは4人編成となる。3年間の怒涛のような活動による燃え尽き症候群に加え、『1977』の成功のプレッシャーから、続く作品の曲作りは辛い時期となる。1998年にはオーウェン・モリスを再び起用したセカンド・アルバム『ニュークリアー・サウンズ』をリリース。アルバムは高い評価を得るものの世間に戸惑いを与える。チャートは最高位7位を記録し、ヒット・シングル「ジーザス・セイズ」を生み、ゴールド・ディスクにも認定されたが、期待を裏切る結果となる。アメリカではA&R担当と共にワーナーからドリームワークスに移籍するも、レーベル・スタッフが一変したことでキャンペーンは悲惨な形で終わる。長期の休暇を経て元気を取り戻したASHの面々はティムの実家に集まり曲作りに没頭。2001年、2年ぶりとなるシングル「シャイニング・ライト」をリリース。同曲はチャートのトップ10に入り、バンドは見事に返り咲く。続くシングル「バーン・ベイビー・バーン」もヒット。そして、5月にはサード・アルバム『フリー・オール・エンジェルズ』をリリース。アルバムは再びチャートの1位を獲得しプラチナム・セールスを記録する。最終的に『フリー・オール・エンジェルズ』からは5枚のトップ20シングルが輩出され、「バーン・ベイビー・バーン」はNMEの読者投票で年間最優秀シングルを獲得。アイルランドのホット・プレス・アワードでは『フリー・オール・エンジェルズ』が最優秀アイリッシュ・アルバムを、そして「シャイニング・ライト」が最優秀シングルを獲得する。その間、ティムは「シャイニング・ライト」で英国作曲家協会によるアイヴァー・ノヴェロ賞で最優秀現代楽曲賞を受賞する。2004年、ASHは4枚目のアルバム『メルトダウン』をリリース。アルバムはチャートの5位で初登場し、即座にゴールド・ディスクに認定される。翌年にはアメリカでの新しいレーベル、レコード・コレクションから『メルトダウン』は全米リリースされ、USツアーも大成功を収める。そして、3度目となるU2の世界ツアーのサポートを務めたバンドは休養に入り、ティムとマークはニューヨークに移住する。2006年、シャーロット・ハザレイが脱退し再びトリオ編成となったASHはマンハッタンに自分達のスタジオを確保する。ここでリハーサルを重ね、2007年には5枚目のアルバム『トワイライト・オブ・ジ・イノセンツ』をリリース。しかし、デジタル配信とアルバム・セールスの衰退の時代において、チャートも32位と苦戦を強いられる。解散の噂が流れる中、6月のアイル・オブ・ホワイト・フェスのライヴ中にASHは『トワイライト・オブ・ジ・イノセンツ』が自分達にとって最後のアルバムになると発表。「人々の音楽の聞き方が変わった。ダウンロードの到来によって単体の曲に重きが置かれるようになった」と新しいデジタルの世界で劇的な復活を約束するとともに解散の噂を否定する。
 2009年、マンハッタンのスタジオで膨大な数の新曲を書き上げたバンドは「一年間で26曲、アルファベットの各文字のシングル曲を2週間毎に発表していく」という前代未聞の企画「A-Zシリーズ」を始動させる。無料ダウンロードによる最初の試作曲「リターン・オブ・ザ・ホワイト・ラビット」発表後、「トゥルー・ラヴ1980」からシングルのリリースを開始。シングル26曲はレーベルを介さずバンドのホームページ及び自主レーベル、アトミック・ハート・レコーズから発売され、2010年には26曲を集めた2枚のコンピレーション・アルバム『A-Z VoL.1』『A-Z Vol.2』をリリース。また、アルダーショット(Aldershot / 英ハンプシャーにある街)からゼナー(Zennor / 英コーンウォールにある街)まで、アルファベットのAからZの街をツアーする「A-Zツアー」も実施する。2011年、ティムはエミー・ザ・グレイトとコラボレーションしたクリスマス・アルバム『ディス・イズ・クリスマス』をリリースし、2014年には実父を亡くしたことがきっかけとなって作られたファースト・ソロ・アルバム『ロスト・ドメイン』も発表する。”

引用元:ASHプロフィール(Big Nothing)

関連記事
【Roots】AshのTim Wheelerが語る音楽のルーツ「Nirvanaの『Nevermind』で色んな音楽の扉が開かれたんだよね」
【interview】Catfish & The Bottlemen『The Balcony』
【interview】ガレージロックリバイバルからルーツミュージックまで遡って、自らの音楽を追及したThe Bohicas
【interview+Roots】Kitty Daisy & Lewisが語る、16トラック録音で自分たちの音楽を追求した『Kitty, Daisy & Lewis The Third』とフジロックの魅力