HiGEとはどんなバンドだったか。オルタナ/グランジのフィーリングをサイケと混ぜ込みながら、破壊性とポップさを兼ね備えた須藤寿の歌が時に痛快に時にファニーに、時にメランコリックに響いてくるような、パワーとメロディとユーモアを兼ね備えたバンドだった。「だった」?

そう、HiGEは変わった。昨年、オリジナルメンバーの脱退を経て、バンド10周年記念の本『素敵な闇』の付録としてリリースされた当時最新の3曲にも、当時のライブにも、既にその兆候は現れていたが、その変化をまさにまざまざと見せつけるものが、今回取り上げる彼らのアルバム『ねむらない』なのである。

「それで何が変わったのさ?」
色々である、と言ってしまいたいほどだけど、大雑把に言えばそれは楽曲のフォルムそのものが、スタイルがということになる。アルバムに3曲だけ散りばめられたバラード(うち2曲が昨年発表済み)以外の曲においては、これまでのオルタナめいたガチャガチャした感じが、もっと曖昧調というか、アブストラクトというか、たおやかに流れていくようなサウンドに取って代わられている場面が多い。そしてそんな雰囲気においては、須藤氏の歌もこれまでの存在感を潜めて、アンサンブルに溶け込むような場面が増えている。ソングライティングの時点で、歌もの的と言うよりももっとグルーヴ感とサイケさのマッチングを狙った作法を志向しているようにも思える。

具体的には、「ジョゼ」の美しくも西海岸風なバラードによるアルバムの幕開けが終わった直後の「ネヴァーランド・クルージング」ではグルーヴ主体のサーフサウンドの中を分厚いコーラスが流れていく。アルバムに先駆けて公開された「S.S.」ではミニマルで直線的な展開にキラキラしながらも不思議な奥行きを持たせた、やはりエコーとコーラスの効いた歌が溶け込んでいる。歌さえ演奏の、グルーヴの一部と化しているような感じ。この形式での彼らの現在最も尖った楽曲であろう「ing」においては、ベースはシンセに置き換わり、まるでクラブミュージックのループの様に反復する須藤氏の声が覚醒的な響き方で拡散していく。

このような変化は音楽的成熟であろうか、それともバンドサウンドのマンネリから脱却する大胆な奇策だろうか。そんな野暮な勘ぐりはとりあえず脇に置いて、この以前よりもぐっと“ミュージックラヴァー”な感じ(DJ的・ダンスフィール、みたいな?)が増したHiGEはいかがだろうか。そして、そういう「音に溶けていくような音楽」を一方で志向しながら、他方でどうしようもなく「甘美なうた」を目指したであろう3曲も同時収録してしまう、分裂症的なHiGEはいかがだろうか?ぼくは、そのどちらについても大歓迎だ。それは、なんだかんだで、いい歌やソングライティング、そして持ち前のサイケでフックのあるギターサウンドがそこには依然として確かにあるから。この涼しくグルーヴしながら深い寂しさもたたえたアルバムを基に展開される、これからのHiGEのライブも、ぜひ観てみたい、体感してみたいと思う。

【Writer】おかざきよしとも (@YstmOkzk)

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