愛という言葉の意味を辞書でひいてみた。①親兄弟のいつくしみ合う心。人間や生物への思いやり。②男女間の、相手を慕う情。恋。 ③かわいがること。大切にすること。④このむこと。めでること。⑤愛敬。愛想。⑥おしむこと。⑦愛欲。愛着。渇愛。強い欲望。⑧ キリスト教で、神が、自らを犠牲にして、人間をあまねく限りなくいつくしむこと(広辞苑参照)。

愛には実体がない。目には見えない。そういう不確かなものだからか、辞書で調べてみたらこんなにも沢山の意味が出て来てしまう。 ”無償の愛”という言葉があるように、お金で買えるものでもない。この手では掴むことのできない形ない頼りないものを、人は誰し も欲してしまう。それが”愛”だ。

きのこ帝国のおよそ一年ぶりとなるアルバム、タイトルは『愛のゆくえ』。このタイトルを初めて聞いた時、少しゾッとした。背筋が凍るとかそういった感じではなく、自分の弱みとか痛い所を突かれた時のような、そんな感覚。愛とかそういうものに思いを馳せる時 なんて日常の中でまずないことだし、そんな不確実なものの行方なんて到底考えたこともない。むしろ、行方があるのかさえも分から ない。それをタイトルにするなんて、こちらとしては意表を突かれたような気がした。 意表を突かれたのはタイトルだけではない。届けられた音源を早速聴いて、その内容にも意表を突かれてしまった。そこに、私が知る 範囲内での今までのきのこ帝国がいなかったからだ。“いなかった”と言うと少し大袈裟になってしまうような気もするが、何と言うか、彼らの存在が遠くに感じてしまった。Vo,佐藤 千亜妃の声は“歌っている”というよりも囁きに程近く、そこに重なるバンドの音もどこか遠くから聴こえてくるようだ。アルバムの中にいるはずのきのこ帝国、その実体が掴めない。

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シングル「東京」以降の彼らのサウンドや世界観は、それまでと比較すると大きな飛躍を遂げたように思う。以前までのきのこ帝国は、 どちらかと言うとシューゲイザー的な立ち位置にあって、そういった部分に関して評価を受けているバンドだった。だが、「東京」は そのイメージを覆した。それまでのきのこ帝国にあったどこか寂しくひんやりしたものは感じられず、等身大でどこまでも真っ直ぐな音がそこにはあった。そしてそれ以降の彼らは、その真っ直ぐさから発生していると思われるポップな一面をより発揮し、歌詞の内容もメッセージ性が強くなっていった。インディーズレーベルからメジャーシーンへと活動の場を移し、等身大のバンドに変化した。

きのこ帝国がそういうバンドに変化した大きな要因の一つに、Vo,佐藤 千亜妃の人としての変化が挙げられる。それまでとは異なり、“人に対して少しずつ心を開けるようになった、それでいいと気づかされるきっかけがあった”と、彼女はあるインタビューの中で話している。そのインタビューの中で遠回しではあるものの、一つの”愛”を知ったことを彼女は話している。そのことが一つのきっかけとなり、きのこ帝国の音楽は大きな変化を遂げたようだ。”愛”を歌い奏でるバンド、そうでありたいという彼女の気持ちが、その話の中にはあったように思う。

話は最初に戻るのだが、”愛”は実体を伴わない。よって、その姿・形・色などは人によって感じ方や捉え方が大きく異なると思われる。当然のことだが、きのこ帝国が表現する”愛”と私が思う”愛”もきっと違う。だからこそ、この『愛のゆくえ』を初めて聴いた時、彼らの存在が遠くに感じられたのかもしれない。目に見えない不確かなものを表現する、そのことを突き詰めたアルバム内容になっているからこそ、確かにそこにいる彼らも、敢えてその存在を不確かなものにしているのかもしれない。宙に浮いているような歌声や、どこか遠くから聴こえてくるような音の正体は、きっとそこにあるのかもしれない。”愛”という、この手で握り締めることのできないものを音楽という一つの形として表しているからこそ、このアルバムには実体がないのかもしれない。

目に見えない不確かなものを音楽という形にすることに徹しているからか、アルバムの最後で”愛”はようやく一つの実体としてその姿を現す。アルバムの最後に収録されている「クライベイビー」の歌詞の一節にある、“21gを愛だとしよう その21gはどこにゆくのだろう”。人は死んだとき、つまりその命が終わってしまった時に、体が21g軽くなるのだという。人から死体に変わった時、その魂が身体から抜け出た結果そのような現象が生じるらしいのだ。このアルバムの中にある”愛”、それはつまり私達自身なのだ。私達人がいて、私達が生きる日々の日常の中で”愛”は生まれる。人がいて、人と人が関わり合うことで、”愛”は成立するのである。私達の存在そのものが”愛”なのだ。『愛のゆくえ』というこのアルバムは、私達の心のどこかで確かに息づく”愛”の在処を証明している。そのことに気づかされた時、涙が溢れて止まらなかった。きのこ帝国は希望を歌い奏でるバンドだと思っていたが、それだけで はない。彼らは誰よりも真っ直ぐに”愛”と向き合っていたのである。

このアルバムに込められた”愛”のゆくえは誰にも分からない。だが、ここにある”愛”を私達はこの耳で受け取ることができる。心で感じ取ることができる。『愛のゆくえ』は、音楽という形の”愛”で私達ときのこ帝国を繋いでいる。(桃井かおる子)

【リリース】

『愛のゆくえ』
11月2日発売

1件のコメント

  1. 愛あるレビューですね。
    私はユーリカからきのこ帝国のファンですが、いまちょうど、この新譜の“いなかった”感に悩まされているところです。
    近いうちにこの作品の魅力に気づくでしょうが、それまでなんども聴き込んでみます。

    また、今回のエンジニアリングはzAkさんですね。良い意味で古っぽい荒削りなミックスと音響的仕掛けですね。それも個性的です。

    いいね: 1人

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