折り紙を折る事、すなわち『人生、山おり谷おり』。八丈島出身のポップバンドMONO NO AWARE(モノノアワレ)、その正体とは?BELONGの新人特集号(Vol.19 #YOUTHWAVE3.0)にも掲載。

アーティスト:玉置周啓(Vo./Gt.)、加藤成順(Gt.)、竹田綾子(Ba.) インタビュアー:まりりん 撮影:樋口隆宏

-まずはMONO NO AWAREというバンド名の由来を教えてください。
玉置:特定のアーティストに影響を受けたり、コンセプトを決めて進めていったりするなどの軸が全くない状態で始めたんです。作詞・作曲は僕が一人でやっているんですけど、その時聴いた曲などに影響されて毎回違うテイストのものが出来たので、そのバラバラな曲調を”変化”という風に位置づけて、吉田兼好の『徒然草』で使う”もののあはれ”っていう言葉から、流動する川のうたかたのようなイメージで、同じようなものに固まる事がないというか、常に自分たちにとってもお客さんにとっても新鮮な曲を作っていこうっていう意味合いが含まれています。ローマ字にしたのは、外国人にウケるかなと思って。いわゆる日本っぽい言葉だし、かといってカタカナとか日本語だとクサすぎるなと思って英字表記にしました。バンド名を決めて1週間後くらいにSound Cloudを作ったら、ドイツのノイズバンドで同じ名前のバンドがいたり、対バンの方からもよく違うバンドと勘違いされたりしましたね(笑)。

-結成のきっかけについて教えてください。
加藤:自分と周啓(玉置)は地元が一緒で、八丈島の出身なんですけど、彼はずっと曲を作ってて、その曲をよく聴いていたので「こんないいものを作るんだったら大学でバンドやりなよ」ってずっと言っていたんですが、全くやらないで家に引きこもってて。大学一年の初めのときに学祭でこの曲をやるんだとか言って音源をもらったりしてたんですよね。でも大学二年になっても全くバンドをやってなくて。
玉置:学祭では、その時だけのメンバーと一緒にやって、楽しかったけど僕はサークルに馴染めてなかったので、その日からまた引きこもりが始まっちゃって。
加藤:自分は群馬に住んでいたので、なかなかバンドをやろうとは言えなくて。周啓にバンドをやりなよってずっと言い続けたんですけど、一年間状況が変わらなかったから、じゃあ一緒にやろうかって言って始まりました。そこからそれぞれバンドメンバーを集めて。
竹田:私はバンドを組むまではサークルでも周啓とはほとんど喋った事がなくて。それまでは演奏も学祭で一回見たくらいで、ほとんど見た事がなくて。
玉置:一年生のときは、学際以外ではライブやった事ないですね。最初は尖ってたというか、コピーの良さが分からなくて。サークルは、コピーをやって学祭だけオリジナル曲を演奏していたけど、なんでそんな事をやっているんだろうと思ってました。オリジナル曲をずっとやりたかったんですよ。なので、家にこもって曲は作るけどバンドは出来ないみたいな鬱屈した日々が続いていて。竹田から一緒にバンドをやろうっていう返信が来て、やっと外で出来るみたいな。返信待ちの3ヶ月間はずっと落ち込んでましたね。竹田は、女の子なのに弾いてる姿がオッサンが弾いてるみたいにどっしりとしていて、ルート弾きってすごく単純なのにかっこよく弾いてたから、誘いました。ドラムの豊(柳澤 豊)が入ったのは2年前の1月くらいですね。

-2016年にフジロックのROOKIE A GO-GOに出て大きく変わった事はありますか?
加藤:フジロックが決まって大きく変わったことはなくて、一つ言うならりんご音楽祭に出演できたことですかね。ただ、ドラムが入る前と後ではライブをやる場所や曲自体も違うので、そこの変化は大きいですね。豊の存在も勿論大きいんですけど、そこから周啓が作る曲も変わって、今のインディー好きの人たちにウケやすいというか、そういうので声がかかってちょうど切り替わったって感じですね。

-今回アルバムの前にシングル『イワンコッチャナイ/ダダ』を出していましたが、どうしてまずシングルを出したのでしょうか。
加藤:もともとこの曲はライブでずっとやっていたんですけど、トモさん(マネージャー)が関わるようになって、いろんなところにシングルを送ろうよっていう事になったので、このタイミングで出す事になりましたね。
玉置:最初は物販だけで置いてたんですけど、それはもったいないなと思って。

-アルバムタイトル『人生、山おり谷おり』は、どうして折り紙をテーマにしたのでしょうか。
玉置:曲のテイストがバラバラすぎたのでコンセプトアルバムは不可能だなって言う結論に至って、それをどうやってまとめるのかっていう時に、バンドではいい案が出なかったんですけど、デザイナーをやってくれている八丈島の後輩の哲弥(沖山 哲弥)が、折り紙がいいんじゃないかっていう案を持ってきてくれて。折り紙だったら一枚の正方形から立体になって形は全部違うものが作れて、かつ色味もこの世にある色全てが折り紙で表現する事も出来るから、そういうところに曲のバラバラさとのシンパシーを感じて、その日のうちに折り紙をテーマに据えました。帯の”何度もおり間違えて、僕たちの人生は複雑になっていく。”という一文は、ちょうどその時ジブリのプロデューサーの鈴木敏夫さんのドキュメンタリーを見ていて、ジブリのポスターに縦に入ってるキャッチコピーを入れたいなと思って。こっちの方がアルバムタイトルよりは手応えがあります。

-言葉のセンスがすごいと思ったんですけど、歌詞を書く中で重視してる事は何ですか?
玉置:バランス感覚をかなり重視してます。ミュージシャンによくある熱い感じは苦手で、かといってフザけきってるのも苦手で、そういうバランス感覚みたいなものは自分の中で重要です。お客さんが聴いてクサいなとも思われたくないし、フザけてんなで終わっても欲しくないから、フザけつつ、でも言いたい事を入れといて、歌詞を読み込んだりするのが好きな人だけわかってくれればいいかな、くらいの塩梅で歌詞は作ってます。そこがバンドの肝だとも思います。

-歌詞ではよく韻を踏んでいると思うんですが、それはラップやヒップホップからの影響はありますか?
玉置:ヒップホップは中一の時にRIP SLYMEにハマってたくらいですね。
加藤:周啓は言葉遊びが好きだからね。あと、歌詞も楽器みたいだよね。楽器が鳴ってたらはまるように歌うメロディーを付けたりする曲もあると思うんです。はまるようにするから、ラップみたいに韻踏む事があって。例えばスネアがパーンと破裂する音から閃いて、周啓の中から出た言葉と音がハマるみたいな、そういうイメージがあるので、言葉も楽器みたいだなと思います。
玉置:それはありますね。最初にまずiPhoneのボイスメモにメロディーと歌詞を入れて、後で曲にしていくので。作るときに、頭では同時にドラムとベースとギターのメロディーが鳴っていて具体的に曲が出来て、後から頭で鳴っていたものを打ち込んでいって作るっていうやり方なんですよ。ある程度、固まってる状態で曲というものが出来てて。その時、ボイスメモにできるだけ曲のニュアンスが記録されていて欲しいので、イントロのギターのリフを口で歌った後に、メロディーを歌って、同時にキックやスネアを口ずさむって感じで、ヒューマンビートボックス的なことをやってるんです。それで聞き返すと、スネアの位置に歌詞の“た”とか“か”とかの、強い音がきてることが多い気がします。

-なるほど。言葉遊びといえば、「To(gen)kyo」っていう曲もそうですよね。
玉置:「To(gen)kyo」っていう曲は、もともと「街へ」っていう題名でSound Cloudにアップしているんですけど、歌詞がレコーディングの当日まで決まってなくて。レコーディングスタジオに行く途中の電車で読んだ宮崎駿と養老孟司の『虫眼とアニ眼』っていう対談本の最初の方に、宮崎駿が自分の理想の街を書いてるんですよ。保育園中心のコロニーを何個も作った街で、車は使わせないっていう。そういう世界は現実的には作れないだろうけど、そういうコンセプトのある街を見て、いいなと思って。もともと前の先行シングルのレコ発のリリースパーティーのタイトルも”まほろば”で、理想の世界に対する願望があって、「To(gen)kyo」も”Tokyo”に括弧で”gen”を入れてるんですけど、東京に桃源郷のような場所を作れたら、みたいな事を妄想していて。宮崎駿も三鷹にそういうものを作ろうとして絵を描いてたんですよね。それに影響を受けてレコーディングの直前に歌詞が出てきて、ギリギリでレコーディングしたのが「To(gen)kyo」という曲になりましたね。
加藤:ほんとギリギリだったよね。レコーディング前のスタジオリハで構成も決まって。曲の展開も一つだけごっそり変わった所があって、レコーディングで化けたね。サウンドも上手くいったと思います。
玉置:今までは自分が作った曲をバンドで固めて完成だったのが、この曲はバンドで作った感じがあって。アルバムの中ですごく新鮮な気持ちになった曲です。
加藤:この曲はベースやギターも周啓が作り込んでくるけど、一カ所だけごっそり変えたって感じですね。他にバンドでかなり曲を変えたのは「夢の中で」かな。
玉置:「To(gen)kyo」も「夢の中で」も、メンバーによって補完された感じがあって、バンドでやってて良かったという事を一番実感しました。

-東京について歌ってる事が多いなって思ったんですけど、二人(玉置、加藤)の出身が八丈島じゃないですか。島の生活が自分たちの作る音楽に影響を与えた部分はありますか?
加藤:音楽に関してはあんまりないと思いますけど、生活は全然違うんで。自分たちも住所的には東京都でしたけど、東京の事は”東京”って言ってましたね。コンビニもなくて、お店も早く閉まって、本当にド田舎の生活を18年間して東京に来たので。だから東京は本当に衝撃的でしたね。
玉置:島の生活が影響を与えたのかはわからないけど、その生活があった分、東京に来てからの刺激の受け方にはかなり影響したのかな。だから東京について歌う事も多いのかなって思いますし。もし生まれてからずっと東京で生活していたら、島では気軽に手を出せなかったような面白い事をたくさん見付けて、音楽をやらなかったかもしれないなと思うし。島は、いいところだけど、僕はのめりこめるようなものを音楽以外見つけられなかったから、結果的にこういう道を選んだのかなと思います。
加藤:手軽に遊べる場所がないので、東京に比べたら取っ付き易くはないかな。すぐに何かができるっていう事はないし。
玉置:中二まで秘密基地で遊んでましたからね。みんながそうかはわからないけど、物心つくのが遅いんですよ(笑)。でも島は自由だから、クリエイティブな事をしやすい環境がありました。都内よりも束縛が少ないんじゃないかなと思います。
加藤:自分はネットを好きになっちゃってたんで、秘密基地は作らなかったです。音楽に関しても、新しいアルバムが出ましたっていう情報は、島には入って来なくて。ネットにしか情報がなかったんですよね。
玉置:俺はどっちかっていうと勉強してるタイプだったんで、中学くらいまであんまり目立たなくて。家に帰って曲を作るのが趣味というか、一番楽しい時間だったっていうのはあります。

-なるほど。歌詞の話に戻りますが、今作の歌詞で気に入った部分や上手くいった部分を教えてください。
加藤:「駈け落ち」や「井戸育ち」とか、「わかってるつもり」はまとまってると思います。
玉置:一番好きなのは「駈け落ち」かな。寺山修司の『田園に死す』っていう映画を観た後に作った曲で。この映画は二部構成になっていて、前半は寺山修司が幼少期を思い返すんですけど、好きになった人妻と一緒に駈け落ちをして線路を歩いて逃げ出していくっていうシーンがすごく印象的で。その後に、映画前半部分は寺山修司自身によって脚色された世界だと分かるシーンがあって、映画後半では、前半部分で展開されていた世界の本当の姿が描かれていて。もれなく駆け落ちのシーンも、人妻の方は駈け落ちすることを本気にしていなくて、愛人の男と心中してしまうんです。集合場所に行ったけど、もちろん誰も来ない。それがすごい良くて。悲しいという言葉では片付けられないなんともいえないものが、僕は好きなんですよね。そういう妙な感情が「駈け落ち」って曲に入ってて、最後の”約束が違う”っていうのは、そういう映画のワンシーンから切り取った歌詞です。この曲は他の曲とは色合いが違っていて、自分の中で考えながら感情の起伏が激しくなったし、絞り出した感がありました。

-それでは今回のレコーディングで大変だった事や印象に残ってる事を教えてください。
竹田:レコーディングを通して、今まで自分なりの解釈でやってきてたことも、客観的に見つめてみると欠点が見えてきたり。一個一個のフレーズの役割への理解が深まったりして、とてもいい機会になりました。
玉置:ミックスを始め、楽しかった事の方が多いんじゃないですか。
加藤:エンジニアがたいやきさんっていう人なんですけど、本当に優しい人で。こんなに俺たちと一緒にいてくれんのかってくらい。たいやきさんが親身になってやってくれたんで、アルバムに多くの時間をかけれたと思いますね。自分たちが言った事やどうしたらいいのかっていう事を、上手く言葉に置き換えて、知識的な事に置き換えて納得させてくれて。
玉置:エンジニアの方が何でも受け入れてくれる人だったから、ちゃんと詰める所まで詰められたっていうのもあるし、デザインも期日がヤバいっていうところまでいってたんですけど、哲弥がギリギリまでこだわって。それをトモさんが待ってくれたんですよ。そういうのもあって、本当にいい人たちとやれたから、いわば自分たちの一枚目の名刺としてのアルバムが完成したと思います。自分たちがこういうのを作ってきて、それをバラバラだけどまとめて作りましたっていうのを一つの作品として渡せるように、その準備を一緒にしてくれる人たちと出来たっていうのが一番自分たちにとって実になったと思います。それがレコーディングの一番大きな成果なんじゃないかなと思いますね。

-自分たちの音楽をあえて一言で説明するなら、どういう言葉で説明しますか?
玉置:自分たち自身もカテゴライズに困ったんですよね。タイトル通りでめちゃくちゃな曲の振れ幅があって。日本語のロック、というよりはポップっていうイメージを持ってはいますけど、僕らは僕らですね。今後もおそらく曲の振れ幅はまだまだある気がしていますし、“日本語で歌うポップなバンド”くらいが今踏み込めるギリギリの所かなっていうイメージですね。

-今後バンドで挑戦したい事や、やってみたい事はありますか。
加藤:今回はやりたい事をやったので、次はコンセプトを作ってもいいし。周啓が詩を書いて、そこから曲を作って歌を聴かせるようにしたり、音数を減らして詩を生かしたりする事を考えていて。とにかく曲はいっぱい作ってきたいですね。
竹田:海外で音楽をやりたいなって思います。
玉置:最近は英語で歌ってるバンドも多い中、固執はしたくないけど日本語ってところに重きを置きつつ、日本語の面白さが国外の人に広まっていったらいいなと思います。このバランス感覚を理解してくれる人がたくさん増えたらいいなと思いますね。
加藤:周啓が全ての曲を作っていて、今回のアルバムは、周啓が考えたものを活かしながら自分でアレンジしたアルバムなんですよね。次のアルバムは、もっとギターが全面にくるようにするのも面白いかなと自分の中ではあります。今作はギターぽくないと思うんですよ。ギタリストっぽいリフは好きではないですけど、テンションが上がったり引き付けるものではあるので、今後もう少し入れていきたいですね。
竹田:私も同じなんですけど、デモ段階で曲をすごく作り込んであるだけにそれを渡されると、99%完成品と思って受け取っちゃうんです。だから自分の色を上手く出せないので、周啓と作ったものの中で自分の色をもっと出していきたいなって思いますね。そのバランスをもっと上手く出来るようにしたいと思います。
玉置:バンドとしては、音をもう少しこだわれるようになったらと思います。今はやっといろんな人が受け入れてくれて形にしてもらえたっていうレベルだと思うので、次のステップに上がっていく段階だと思うんですよ。成順がサウンド面でこだわれる人だから、そういうのを俺も吸収しながら、音だけで良いなと思わせるものをバンドとして取り入れていけたらと思っています。ポップであれば、音楽に対して興味のない人にも良いものとして響くし、音楽に詳しい人も面白いなと思ってもらえるように音の良さを追求していけたらなと思います。

【Release】

『人生、山おり谷おり』
NOW ON SALE

【Live】
2017年4月9日(日)大阪府 NOON+CAFE
2017年4月28日(金)東京都 TSUTAYA O-nest

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