最終更新: 2020年12月6日

私のすべては私で決める。そう断言する女性の強さはとことん尖っていて、惚れ惚れするほど格好が良い。そう体現するのは、ニューヨークはブルックリンを拠点とする宅録ガール、Computer Magic(コンピューター・マジック)。キューピーハーフやレクサスのCMで楽曲が起用され、お茶の間のテレビに突然流れたハイセンスなエレクトロミュージックが大いに話題を呼んだことは記憶に新しい。楽曲制作からプロデュース、アートワークやプロモーション、レーベル運営に至るまで、全て自らやってのけてしまう貪欲DIY女子だからこそ、コンピューター・マジックの音楽にはその時々の彼女の変化が常にリアルに反映されている。

しかし作品ごとに彼女の表現の幅は変わり続けるが、彼女自身の趣味嗜好は一切揺らがない。むしろ、彼女の根底的な部分がよりクリアに見えてくるようになったのではないだろうか。私たちはそれを3月2日にリリースされるセカンドアルバム『DANZ』で感じとることができるだろう。彼女の愛と欲が詰め込まれた『DANZ』について、紐解いてゆきたい。

『DANZ』を取り巻くのは未来を超えた宇宙、そしてダークサイドの覚醒。例えば日本のみでリリースされたスペシャル盤『Mindstate』ではレクサスのCMに起用された「Running」をはじめ、エレクトロサウンドの中に渦巻くノスタルジアを描きつつ、平面世界のバーチャル感が強い印象だった。それに比べ、今作では奥行や立体感が際立っていて、果てしない宇宙空間が振動して書く方向から音が流れ込んでくる3D世界のようだ。エレクトロ独特のキンとする打ち込み音は目立たなくなり、代わりにロウトーンの怪しげな音が散りばめられている。余韻を保ちながら揺れる音を並べては、アナログとデジタルの境界を交互に織り交ぜて現実と夢の狭間を行き交うような浮遊感を見せる。耳から身体ごと包まれてしまいそうな、広い広い宇宙空間。いたるところにスピーカーがあって、絶え間なくどくんどくんと音を発し続けている。気を抜けばどこかへトリップしてしまいそうな心地良さは、今までのコンピューター・マジックの音楽にはなかった代物だ。

フィリップ・K・ディックやスターウォーズなど好きなものを集めた作業空間を背景に作られたMVが先日公開された「Amnesia」は今作のトップバッターを飾るのだが、この曲からとびきりダークネスな世界観を発揮している。映画『ブレードランナー』を彷彿とさせるような重厚感あるシンセサウンドが深く反響する様は、まさにダークサイドへの覚醒。

しかし、けして深い悲しみや哀愁に覆われたマイナスな世界ではなく、果てが見えない闇の魅惑を打ち出しているだけ。曲を聴けば、重たく悲しい気持ちになることはなく、むしろ彼女のウィスパーボイスと穏やかなメロディラインに気持ち良くなるほどだ。この感覚は、昨年ダークサイドに回帰したアルバム『V』をリリースしたザ・ホラーズにも近しい。自身の欲を満たすため、自分の信条を貫く暗黒卿。それこそが今作で見えるコンピューター・マジックの新しい姿。自分の欲に忠実に、そしてそれを再現する幅を持って挑んだと考えると、アルバムタイトルが彼女の愛称である”Danz(ダンジー)”であるのも頷ける。

安心してほしい。彼女の持ち味であるキュートなシンセポップももちろん健在だ。「Ordinary Life」や「Perfect Game」、「Clouds」では元来のスイートな音像やメロウな空気感が君臨する。しかし、曲中の強弱や確実に盛り上げていくところはエレクトロミュージックとして確実に成長を遂げている。音楽として非常に聴きやすくなったと感じる。しかし、音楽が壮大かつスケールが大きくなった分、ボーカルの扱い方も変わり、バックサウンドと溶け込みあう楽曲が目立つ。ファーストアルバム『Davos』の「FUZZ」などで見せた棘をちらつかせるやんちゃなオンナ感に再び出会いたいのも正直なところ。これからの楽曲で見ることができることを楽しみにしたい。

といえど、このアルバムのサウンドスケープの扉を開いたことに違いない。「Drift Away」や「Sleepwalk」などの映画に起用されてもおかしくない物語性を見せるロマンチックな楽曲では、これまでとは違う新しい方向性を打ち出している。前述の通り音の広がりやスケールの拡大に見事成功した上、一風変わったシンセサウンドの多用、そして従来の甘いシンセポップから、感覚的にはインダストリアルからサイケデリズムにまで近づき始めたダークネスな音像までさまざまな挑戦を試みている。それらを融合した結果、まとまりもあり、とても聴き馴染みも良いのにインパクトも大きい。独特な彼女だからこそ、色んなベクトルの先に愛や嗜好がある。それらをすべてミックスしてまとめるとは難しいところが見事ひとつに繋げている。宅録という一つの小さな場所から世界へ発信するコンピューター・マジック。もはや、一つの小さな部屋から生まれたとは思えない壮大な音楽を作り出した。これもすべて、彼女の徹底されたDIY精神が作り上げた産物であり、”ダンジー”が”ダンジー”であったからこそ成しえた愛と欲の結晶なのである。(pikumin)

【Release】

Danz
Danz

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P-VINE RECORDS / Tugboat Records (2018-03-02)
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レーベル:P-VINE RECORDS / Tugboat Records

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