最終更新: 2025年9月20日

BELONG Media編集長のyaboriです。同じ音楽を聴いても、感想は人それぞれ。ましてや育った国や文化が違えば、その違いはもっと面白くなるはずです。

今回は、国境を越えたクロスレビュー企画をお届けします。執筆者は、数年ぶりにレビューを執筆する滝田くんと、アルゼンチン在住で日本文化を学ぶRAM。

Discordでの出会いをきっかけに、米国の新人バンド、Racing Mount Pleasantのアルバムを聴き、それぞれの視点でアルバム・レビューを書いてもらいました。

地球の裏側で生まれた二つのレビューがどんな化学反応を起こすのか、ぜひお楽しみください。

The English cross-review for Racing Mount Pleasant is here.

Racing Mount Pleasantクロスレビュー

Racing Mount Pleasant『Racing Mount Pleasant』

レビュアー:滝田優樹、Ram 編集:yabori(Tomohiro Yabe)

レビュアー滝田優樹の視点から

滝田優樹
今回クロスレビューの相手は、RAMさん。彼はアルゼンチン在住で、僕が過去にインタビューを担当したBlack Country, New RoadやLaufey、Mei Semonesが好き。

日本にも興味があってひらがなとカタカナが読めて、漢字の勉強も好きなんだそう。

今回縁があってRacing Mount Pleasantのクロスレビューを書くことになったが、実は彼とはまだお話をしたことがない。

先日立ち上げたDiscordをきっかけにyaboriさんが彼と繋がって、上記アーティストが好きなこともあって交流を深める目的でクロスレビューを企画してくれたわけだ。

クロスレビュー執筆について

クロスレビューを受けた理由は明確に2つある。

個人的には正直数年ぶりのレビュー執筆で、クロスレビューに至ってははじめての試みだ。

長くレビューを離れていたのは有難いことに数多くの機会に恵まれたインタビューに集中したかったことが主で、

レビューを書きたいと思ってはいたもののなかなかタイミングを見失っていたのだが、今回RAMさんとのこの企画を機に書いてみたいと思ったのがまず1つ。

レビューに求めるもの

もう1つは僕自身がレビュー記事に求めていることに直結する。

僕がレビューに求めることは、個人と客観的視点の両方で語られているのか。そして、自分の言葉で語ること。作品について語る時、視点をどこに置くのかで見えるものや聴こえてくるものは変わってくる。

聴いてすぐにわかるものだけで語られているだけでは、レビューを読まずに聴くだけで済む。

個人の視点から語ることで読み手に新たな視点を与えて、作品に対する新たな楽しみ方を届けられるのではないかと信じている。

そして、それを示すためには客観的視点や事実も必要だ。個人的視点だけでの批評は説得力にかけ、空論の域を出ない。客観的感想と個人的な感想で、相違や合致どちらがあってもいい。

しかし、書き手それぞれ自分の言葉はあるはずだ。例えば、ギターの音が”美しい”という合致した感想があってもそれをどう表現するかは異なるはずだ。

その自分だけの表現で読み手が作品に対する”美しい”にもまた別の”美しい”を想像できるはずだ。それこそが、付加価値であり、新しい新たな楽しみ方ではないだろうか。

RAMさんとのクロスレビューは、そのすべてが叶えられそうな気がしている。

僕の視点とRAMさん視点。その2つの違いと共通点はどうなるのだろうか。

言語も文化も違う2人だけれども共通の音楽趣味をもっている。

そんな2人がひとつの作品について語るときにどんな化学変化を起こすのだろうか。

そんな期待に胸を膨らませ、今回レビューを書かせてもらう。

『Racing Mount Pleasant』レビュー(滝田優樹)

Racing Mount Pleasant
彼らはアメリカのミシガン州で活動する7人組インディーロックバンド。
編成は一般的なバンドパートからストリングス、トランペットやテナーサックスなど多岐にわたる。

デビューアルバムとなった今作は他のポストロックバンドと比較しても新奇なものではないが、扇情的に均整のとれたサウンドを展開しながら各パートの音色を担保する構築美は新人離れしていて、他の追随を許さない。

前身は大学のアート系学生が集まり結成されたKingfisherというバンドであったということで、この一糸乱れぬ演奏に合点がいった。

細部に神は宿る

近代化が進み、科学技術が発展する中で宗教批判と虚無主義(ニヒリズム)を意図して唱えられた”神は死んだ”とは哲学者フリードリヒ・ニーチェの言葉で、その意図に乗っかるつもりも理解したつもりもないが、科学的進化によって価値観や世界観がゆらぐこと自体には納得がいく。

音楽を聴くときに求めるのは、人為的だからこそ起こるノイズだ。『Racing Mount Pleasant』はゆらぎもずれも感じもさせない端正な作品だった。

それでもRacing Mount Pleasantには心躍った。人が機械のように均整のとれた圧倒的な構築美を提示することは自然の成り行きではない。そう簡単に人が成せる所業ではないのだ。

『Racing Mount Pleasant』はわかりやすく新奇なものではなくても、鳴らす音の細部には神が宿っている。その全てが合わさったときに人は超常現象を引き起こすのだ。

AIの進歩でさらに神の存在がゆらぐが、人が創るものに神は宿るのではないだろうか。そんなことまで考えさせられる彼らの音楽だ。

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