最終更新: 2021年7月31日
前作『Attack on memory』は、BPMやドラムのリズムパターンを全く別物に変えたりするような遊び心と、ギターサウンドの動静を巧みにデフォルメした使い分けが功を奏し、ポストグランジとも言われながらオリジナリティあるローファイ/ノイジーギターロックバンドへと進化した傑作だった。
Here and Nowhere Else
今作『Here and Nowhere Else』、18ヶ月にも及んだツアーの勢いにのりながら、爆発的ともいえようノイジーなサウンドがこれまで以上に全開となっているのが特筆すべき点だ。どこかフォーキーな色合いを感じさせるギターカッティング、乱暴かつ強引に鳴らされるベースサウンドとドラミングはハイボルテージで騒ぎ続ける、それらが一体となったサウンドは、まさにカオスに相応しい。
前作のような曲構成やギターサウンドの動静をうまく使い分ける巧みさは減退してしまっているのだが、Dylan Baldiの脳内イメージをなぞるだけにとどまっていたメンバーが、ついにイメージ以上のサウンドを求めるようにとグイグイと自己主張し始めているように僕には聞こえる。
It’s over now as the way I was before(これまでのやりかたはもう終わった)
But I can’t be caught how I was those days anymore(でもこれまでの日々以上を僕は掴まえられていない)
I’m learning how to be here and nowhere else(こことどこにもない場所から学ぶんだ)
How to focus on what I can do myself(僕が僕自身に何ができるか見定めるために)
そんな言葉で締めるのは、本作『Here and Nowhere Else』のラストを飾る「I’m not part of me」だ。彼らが特異なのは、Dylanがほぼ一人で生み出した宅録音源のリリースというソロプロジェクトに端を発し、ライブツアーを廻るためにメンバーを募った、曲ありきで生まれた集合体であったことであろう。
「君は20回くらい聞けば、それまでとは違う些細な点に気づくだろうけど、僕は何度聴いても、自分たちがやったことのように思えないって気づくんだ」という公式リリースのバンドの言葉も聞けば、一人の人間では到底道筋を立てることが出来ない、共同体としての『バンド』が始まったことがわかる。それは、彼らにとってどこに向かうとも知れない境地なのだ。