インディー枠みたいなものにハマるつもりもないし、出来る限り多くの人達に聴いてもらいたいと思っています。売れたいし、聴く人がいないと意味がないと思っているし。

アーティスト:Tatsuya Matsumoto(Vo.) インタビュアー・撮影:kanae.

―PAELLASの結成のいきさつから、今現在に至るまでを聞かせて下さい。
Tatsuya Matsumoto:もともと僕が大学四回生で、他のメンバーの3人が大学三回生だった頃にサークルで知り合って。そこで浅井健一がやってるSHERBETSのコピーバンドをやっていて、セッションをしてみたら良かったのでバンドを組もうという話になって。この頃やっていた音楽は日本語詞で、イギリスのガレージやサイケっぽい感じでやっていて、神戸辺りで活動をしていたんです。大学卒業のタイミングでドラムとギターが抜けて。当時びっしー(Ba.)と僕の二人が残ったんですよ。その頃はThe Drumsにハマったりしていた時期で、以前やってた音楽はもうやりたくなくなっていたんです。今思うと、あの頃の僕達には何も無かったですね。大学はもう卒業してたんですけど、それでも僕は音楽がやりたかったから、続ける道を選びました。その頃はとにかく海外の人に僕らの音楽を聴いてもらいたいなと思ったんで、Sound Cloudに曲を作ってアップしていて。当時はほとんどライブもやってなかったし、曲をネットに上げているだけだったんです。それでもアノトラックスっていうネットレーベルの小笠原さんが僕らの音楽を気に入ってくれていて、「PAELLASの曲をリリースしたいからレーベルを作ろうと思う」って言ってきてくれたんです。それを言い出してもらってから一週間くらいしたらすぐにリリースが決まって。アルバムも出す事が出来ましたね。前のギターが抜けるって話になったときにちょうどアナン(Gt)と知り合って、けど彼はアメリカに留学するのが前々から決まっていたから、半年くらいしか一緒に出来ないけどそれでも良かったらってことでとりあえず3、4ヶ月間一緒にやってて。でもまたしばらくしてアナンがアメリカからこっちに帰ってきてセッションをしたときに「もう日本に帰ってこようと思ってる」っていうことを言っていて、その時僕とはちょうどびっしーと2人でクリエイティブしていくことにも少し限界を感じていたタイミングでもあって、びっしーが「東京行って3人で一緒に住もうや」って突然言い出して。音楽をやる為にフリーターを選んだのに、ちゃんと音楽出来てない俺らはどうなんだっていう話になったんですよ。ドラムの小松くんも東京へ行くことは決めていたから向こうで一緒に出来たらってことで今も叩いてもらってて。結果的に大阪から東京へと拠点を移して、今現在がある感じですかね。

―どうして大阪から東京へと拠点に移して活動しようと思ったのでしょうか?
単純に行くなら年齢的にも今だと思ったし、曲作りをする上でメンバーと一緒に住んだ方がバンドとしても動いていきやすくなると思ったからですね。曲作りをするにせよ、何より大阪に居た頃と比べて一曲を制作するのに費やす時間のスピードがかなり短くなったし、一緒に住んでたら曲を共有するのもすぐなので、こっちに来てからは良いことしかないなって感じてます。あと僕らはかっこいいと思えるバンドも周りにたくさんいるわけだけど、そういったバンドが存在しているということって意外とファッション業界の人達だったり、かっこいいことをしている大人たちに知られていないことがすごく多くて。それはもったいないことだなと前々から感じていたんですよ。僕らみたいなバンドのサウンドは例えばセレクトショップとかでも普通に流れていてほしいし、ファッション業界の人達にも聴いてもらえる音楽でありたいと思ったので。だからこっちへ来てUNITED ARROWSとnew balanceのコラボレーションムービーのBGM曲も提供させてもらえるチャンスも実際にあったりして。

―東京へ来て面白いバンドはいましたか?
東京へ来てから知って、かっこよくて衝撃を受けたバンドはYogee New WavesYkiki Beat、YOUR ROMANCEですね。僕が過ごした関西では大学生は流行りの日本のロックだったり、音楽好きな人は昔のマニアックなものが好きってゆう人がほとんどの印象ですが、東京の大学生の子たちは最新のインディーシーンまでちゃんとすごい聴いてる子が多くて、それが当たり前にリスペクトされている環境があるというのがすごいなと感じました。もちろん、両方の話が僕の少ない経験と見てきたものでしかないですが、東京では“いわゆる海外のインディー”という一つのジャンルが多数に人にとってかっこいいものとしてしっかりと根付いているっていうことが僕がこっちに来て感じた驚きの一つです。

―HAPPYやThe fin.やThe foglands等、最近関西からも素晴らしいインディーポップのシーンが出来つつあると思うのですが、こういったシーンについてはどう思いますか?
まずHAPPYThe fin.に関してはインディーと思って見てないですね。彼らは然るべき道に行ったと思っているし、“インディー”っていうものの人々が抱いてるイメージって、「自分達の音楽を自分達で広げようとしていない人が多い」って思ってる人が多いと思うんですけど、僕達はそうじゃなくてインディー枠みたいなものにハマるつもりもないし、出来る限り多くの人達に聴いてもらいたいと思っています。売れたいし、聴く人がいないと意味がないと思っているし。今いるフィールドがインディーっていうだけであって。それも海外の人が使う“インディー”って言葉と日本人が使う“インディー”って言葉の意味合いも若干違ってくるとは思うんですけどね。もともとは“インディペンデント”って意味からの言葉であると思うし、むしろ“インディー”って何なんだって話にもなってくると思いますね。僕らはポップスが好きですし、ポップであることは正義だと思ってるのでそこに対する拒否感は全くないです。ポップな曲を書ける人のすごさは馬鹿には出来ないですよ。

―バンド名はどのようにして決めたのですか?
SHERBETSをコピーしていた時にバンド名どうしようってなった時に、僕は「V」を使いたいとずっと思ってたんですけど、共通の大学の友達が「食べ物の名前にしたらいいやん」ってことを言い出して、「パエリアズは?」って提案してきて。それをびっしーはすごい気に入って、僕は正直「パエリアズはないやろ~」って思ってて(笑)。でもまぁいいかと思ってそれをそのまま使ってて。当時は「The ○○s」って感じのバンドをしてたんですけど、今ではどうしてもそれを取りたくて(笑)。だから最近それを取って、大文字表記に変えました。PAELLASの良いところは、検索に引っ掛かりやすいところですね(笑)。検索掛けたら一発だし、何より僕らがもうこの名前に馴染みすぎちゃって(笑)。

―小さい頃から音楽は周りに溢れている環境で育ったのですか?
いや、家も普通の家だし親も普通の人だったけど、昔からなぜか「僕は将来音楽をやるだろう」って根拠はないけどずっと思っていて。GLAYとL’Arc〜en〜Cielが全盛期で流行っていた頃、当時僕はそんなにピンときてなかったけど、同じく全盛期だった浜崎あゆみになぜかハマって、そこからB’zからのエアロスミス、oasis、U2にハマっていきました。大学行ってからはブラックミュージックも教えてもらったりして。インディーポップを聴き出したって言っても、最近で大学四回生の頃くらいだったんですけど、音楽はずっとやりたいと思っていましたね。

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抑制されたミニマムなものの中の、マグマがフツフツとしている中での激しさというか、エモさを出していきたいと思ってて。ギターソロがあって、サビ、大サビがあって、1曲の中で5回くらい展開がある曲よりも、ずっと5分間同じ静けさの中で演奏が繰り返される曲のエモさみたいなものの方が僕は良いと思ってて。だから日本で一番音数が少なくてかっこいいバンドになりたいですね。

―今回の作品は7インチで出すそうですが、どうしてそのフォーマットでリリースすることにしたのでしょうか?
バンドをやる上での一つの夢というか、達成したいことの一つだったからですね。アメリカの音楽から影響を受けて、今日本で音楽をやっているバンドとしてアナログは出してみたかったんです。僕自身がアナログをバンバン聴いてきた人間かって聞かれるとそうではないんですけど。

―前作『Long Night is Gone』はダークなサーフポップ調のサウンドでしたが、今回はインディR&Bにシフトしていったように思います。これは素晴らしい変化だと思うのですが、どうして曲調を変えていこうと思ったのでしょうか。
単純に僕らの好みが変わっていったっていうことですかね。だけど前の僕らだからこそ出来たものと今の僕らだからこそ生まれる音楽があると思っていて、それは日々変化していくものなのかなと思います。そこに僕たちならではの色、エッセンスを上手く取り入れていきたいです。

―新曲の「Cat Out」は本当に素晴らしい曲だと感じました。この曲ができた背景について教えて下さい。
この曲はセッションをしているうちに出来た曲です。割とすぐに出来あがって、良い感じに出来たと僕たちも思えたのでこの曲をリリースしようと決めましたね。

―歌詞はどのようにして書いていくのですか?また歌詞を日本語で書くこと、英語で書くことへ対して感じることは何かありますか?
僕はまず、歌詞を日本語から書いたりはしなくて、全部宇宙語みたいな感じで適当な英語を並べて歌ったりして、それをあとで聴き直しながら英語のフレーズを当てはめていくような作業をしてますね。内容やストーリーは一つの単語から広げていって辞書を開いたり、向こうの英詞を読み直したりとかして。やっぱり詞だからルールとかはないと思ってるし、音にハマれば良いと思ってて。アナンが英語を話せるから、たまに見てもらったりもしますけど、英語の曲を昔から聴いてたりしたら自然と植えつけられていく感性みたいなものは養われる気がするし、あえて英語で歌詞を書くっていう部分に対しても特別な風には思っていないので。フランスのバンドでも英語で詞を書いたりしてるわけだし、昔は日本人だから日本語で詞を書こうって考えてた時期もありましたけど、英詞で書いた方が海外の人にも伝わるわけだから今はこの方法を使っているといった感じですね。

―この前The Foglandsにインタビューしたのですが、僕らはyoutubeで出会ったアーティストは古いものでも自分たちにとっては全てが真新しいと言っていました。それらに共感する部分はありますか?
Youtubeもあるけど、僕らは活字から昔の音楽の知識とか得てきてたかもしれないですね。音楽雑誌にせよディスクガイドとか、本から得ていくものが多かった。そこから気になったものをyoutubeで聴いたりとか。僕個人は60年代や70年代の音楽も好きではあるんですけど、リアルタイムの中で聴く音としては上手く馴染まないなと思っていて。それよりも、そういう音を自分達の中で解釈して、あの頃の音を自分達の音に変えてやる方が合ってると感じるから。そういう音楽を聴くようになってからは、もう古い音楽を聴かなくなりましたね。だけど、メンバーは古い音楽もたくさん聴いています。

―聴いた音楽はどう自分たちの曲に落とし込んでいくのでしょうか?
音楽を作っていて誰かが音を持ってきて聴いたら、だいたい何に影響を受けてたのかが分かるんですよ。例えばThe Drumsみたいな曲だから、歌詞も彼らみたいな歌詞を歌おうじゃなくて、あえての真逆のメロディーを歌うようにしています。

―誰か一人が中心となってバンドを引っ張っていくというよりかは、メンバー全員で共有しながら曲作りをしていくような形ですか?
良くも悪くも一人でソングライティング出来る奴が居ないんですよ。ノエル・ギャラガーがPAELLASには居ないから、曲を作ってきたものに僕が歌をつける。それからベースラインとドラムを足してって感じです。みんながみんな自分にしか出せないアイディアを壊してもらえることを期待しているし、全員が集まって初めてPAELLASで鳴らす音楽が生まれていると思っています。だからその分時間はかかるんですけどね。考え過ぎて迷路にハマったりはしますけど、メンバーを信頼しているしみんな得意分野が分かれているので、任せられる部分は任してしまったりとか。僕はギターも弾けないし、音楽理論も分かってないんですけど、コンセプトとか方向性は僕が決めたりすることも多いですね。仲も良い方だと思うので曲作りをしていて、ぶつかりあうこともほとんどないですね。良い意味でみんながそれぞれの分野に対して知り過ぎてないからバランスが取れているっていうのもあると思いますね。

―バンドとしてのファッション、ビジュアル面で意識されていることは何かありますか?
「PAELLAS」をバンドとして見て、スタイルっていうのを一人一人決めているわけではないけど、前はライブだけ色を揃えてトーンだけ合わせてましたね。やっぱりファッションと音楽は繋がっていると思うから、バンドを見てても見た目がかっこよくないと信用できないというか。美容師さんでもカメラマンでも、外見から見てセンスを感じる人にお願いしたいって思うし。お金とかなくてもスタイルは作れると思うし、いつもジーンズとシャツだけのラフな格好でも自分のスタイルがあってかっこいい人は現にいるわけだから。海外で見ると、向こうの人ってジャンルで服を着てないじゃないですか。日本はモード・ストリート・アウトドアっていちいち○○系って一個一個ジャンル分けされてますけど。そういう型にハマらずに、自分の貫いたスタイルがある人っていうのはやっぱりかっこいいなと思うので、スタイルがある人に各人が自然となれるようになりたいですね。

―影響を受けたアーティストや映画があれば教えて下さい。
映画に関してはあくまでPAELLASの音楽を作る上で影響を受けたものとして、『Drive』や『クラッシュ』や『コラテラル』などの、共に夜のLAが舞台になっている煌びやかな都会の寂しい顔をした景色から僕自身はPAELLASのバンドイメージを感じています。ファッションに関しては、アメリカン・グラフィティとプラスで最近教えてもらった『マイ・プライベート・アイダホ』という映画から影響を受けています。これも先に言ったようにかっこよく着ようとしていないかっこよさみたいなスタイルがすごく好きですね。音楽はThe xx.やd’angelo、The Strokes、HAIM、frank、oceanとかメインストリームなところではJustin Timberlake、Justin Bieber、drake、One Directionなど意外かもしれないけれど、そういう今最強に売れてるポップスとかからも僕個人は影響を受けています。

―海外でもライブはしたいですか?
もちろんめちゃくちゃやりたいです。以前は海外で認められたい!って想いが強かったけれど、段々と変化していて、まずは自分が住んでいる・生きている国でたくさんの人に聴いてもらえるようになりたいと思うようになりました。そこに特に大きな意味はないけれど、海外で評価されることってもちろんすごいけれどそこを目指しますと言い切ってしまうことで日本で売れるということから逃げてはいけないなと感じたからです。

―では最後に今後の展望や達成したいことがあれば教えて下さい。
明確に答えることはすごく難しいけど、自分の中にはイメージしているビジョンはあります。フジロックにはめちゃくちゃ出たいですね。今は本当にリスナー目線で見て日本のインディーに日本詞英詞問わずに良いバンドがたくさん出てきていて、これが本当にシーンと呼べるほどの大きなうねりを起こせるのかどうかは分からないけれど、間違いなくのちのち語られるほどのインディーバンドシーンの活況が2012年頃から本格的に始まっている今その真っ只中で、自分達はその中でやれているっていう幸せな気持ちとそこでなんとか生き残ってやりたいっていう気持ちがあるんです。だからこそ日本の中だけじゃなくて、世界をフィールドにして活躍するバンドがもっと出るべきだと思いますね。あと、これすごく言いたかったことなんですけど、日本では「エモい」っていう言葉を、感情が爆発したときとか沸点に達した時によく使われますけど、僕は抑制されたミニマムなものの中の、マグマがフツフツとしている中での激しさというか、エモさを出していきたいと思ってて。ギターソロがあって、サビ、大サビがあって、1曲の中で5回くらい展開がある曲よりも、ずっと5分間同じ静けさの中で演奏が繰り返される曲のエモさみたいなものの方が僕は良いと思ってて。だから日本で一番音数が少なくてかっこいいバンドになりたいですね。曲作りをしていて迷路にハマったときは、音をどんどん消していくんですよ。ギターを消してボーカルを消すっていう。あとはずるずる音楽をやる気はないから客観的に自分を見て半年後、1年後、2年後って見据えてちゃんとバンドを進めていくようにしてます。なんにでもこういうのには賞味期限があると思うから。いやー、でも来年のフジロックは相当熾烈なバンドのイス取りゲームになることでしょうね。その熾烈な椅子取りゲームのメンバーにしっかり入っていけるように、来年その椅子に座れなかったとしても本気で悔しがれるようなところまでは進んでいたいなと思っているので、僕らも負けてられないです。

『Cat Out(7inch)』
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