結婚式とか同窓会とか、働き方とか生命保険とか国政選挙とか人生設計とか、年末年始とか大災害とか大停電とか大渋滞とか訃報とか……とにもかくにも、現実で大人になって生きていくことに取り憑いて回る色々は、時にある意味とても味気ない程に人を変えていってしまう。物語の中の感傷なんてコップ一杯の夜のビール程にも役に立たなくなって、大事にしてた村上春樹の本が単に教養やノスタルジーの漬物石になってしまう、そんな暮らしを、しかし同時に子育てやら社会参画やらでしっかりと立派に生きていったりなんかして、それを天真爛漫にディスることなんて、誰が出来ようか。

上記のようなくだらないことでたまに思い悩むぼくやお前をもうひとつ追いつめるのが、今回の昆虫キッズの活動終了なのだ、と書いたら強引も度が過ぎるだろうか。“わからない言葉で/すべて暴いて知っていくように”とは彼らのある曲の歌詞の一節だけど、その通り、彼らはずっと暴き倒してきた。構図を理解した気になったり醒めるような理不尽を味わったりで時に退屈でうんざりするようなこの世の中だとか、その中に可能性として存在する無垢だったりエグかったり凄く鮮烈だったりする思いや景色を、気がおかしいくらいの勢いとロマンチックさに溢れた演奏で全力でアンダーカバーしてきた。

そんな彼らの格別に新しいフェーズを示した大傑作『BLUE GHOST』の、全国リリースツアー発表の直後にアナウンスされた活動終了の報は、この人たちどこまで突き進んでいくんだろう、という期待を一転悲しみの色に染めた、はずだった。しかし、ツアーが始まって、彼らは過去最高と自負するバンドの状態で激烈なライブを各地で繰り広げ、そして気がつくと解散が決まってるくせに、ライブで新曲を連発しはじめた。本作『TOPIA』に収録されたのは、まさにその“最新モード”で“最高潮”な彼らから生み出された楽曲たちだ。

軽やかなピアノに導かれて緩やかなリリシズムが流れていくかつてなく優美な「Miss Heart」や、ここにきてバンド史上最高にキラキラした演奏(特にギターの二人!)で疾走していく「WIDE」のポップさには彼らのブライトサイドが、ひたすら不可解な不穏さでじわじわ広がっていく「象の街」には彼らのダークサイドがくっきりと反映された。そして、そのどっちのサイドも剥ぎ取ってしまって、狂気もロマンも捨て去って、ぞっとするような味気なさだけを曲にしたような「楽しい時間」の、余韻さえ残さないあっさりした幕切れに滲む、逆説的な残酷さ。

今作は彼らの有終の美だろうか。単に今のバンドのテンションが反映された作品でしかないのではないか。しかし言葉の節々には終わりを感じさせる雰囲気もある。結局のところ、世の中にはっきりと割り切れるものはない、という味気ない一般論を、刹那的で爽快なサウンドと言葉でもって暴き倒し、しばき倒し、塗り倒してきたこのバンドらしい最終作、としか言いようがない。彼らは自然に拒んできた、括られることを、落ち着くことを、満たされてしまうことを。それゆえ「孤高のバンド」などと形容されるようになった彼らの、作品上での精一杯の「元気にさよなら」という結論は、大甘に過ぎるか。

この記事を読んで万が一彼らに興味が出た方がいたとして、彼らがまだ活動終了する前なら、ぜひともライブを観に行くことをお勧めする。しかし、彼らが活動しなくなってからも、“昆虫キッズ”だった彼らの作品に触れることはできるし、その度に彼らが作り上げた美しくてスリリングでちょっと感傷的な世界に、解き放たれてほしい。その経験は、あなたの現実の生活に何のいいことももたらさないかもしれないが、たとえば寝て見る夢がちょっとエキサイティングになったり、または街を歩くのがちょっと好きになったり、するかもしれません。

【Writer】おかざきよしとも (@YstmOkzk)

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