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PADという珍しいパートの楽器を導入し、更に進化を続けるPAELLASがついに新作ミニアルバム『Remember』を1月1日にリリースする。「Cat Out」から緩やかにハウスミュージックに接近し、今作ではシカゴハウスにも傾倒した楽曲を収録している。ファンクやシンセポップが全盛の今、次に流行るのはおそらくPAELLASがやっているハウスミュージックになるだろう。そういう意味では彼らは日本において“インディーハウス”のパイオニア的存在になるのではないだろうか。メンバー全員にPAELLASの音楽を確立するまでの道のりを聞いた。

インタビュー:MATTON(Vo.)、Bisshi(Ba.)、ANAN(Gt.)、小松(Dr.)、政田(Sampler)
インタビュアー:まりりん 撮影:Masahiro Arita

-2013年の『Sugar』以来のCDでのリリースとなりますが、この2年の間にバンドは大きく変化をしたと思います。印象に残っていることを教えてください。
MATTON:1番は東京に来たことじゃない?
Bisshi:東京にバンドとして引っ越したのが2014年の2月。これが1番大きいですね。細かいこと言っちゃうともうキリがないくらいなんですけど。でもそれからしたら他はなんでも細かいくらいだよね。
MATTON:あとメンバーが増えたり、減ったりした。
Bisshi:メンバーが変わって、また変わって、増えて、減って。今のメンバーに落ち着いたのが去年の1月。ちょうど1年前くらい。だから東京に来て今のメンバーになるっていう2014年、2015年って感じでした。
MATTON:あとは東京来て最初の1年は今のメンバーじゃなくて政田くんもいなかったから。2014年は違う人がいて。年末に政田くんが入ったから2014年と2015年はそこで分かれるかも。

-PADというパートはなかなか見ないのですが、なぜこの編成になったのでしょうか。
MATTON:シンセサイザーがその前にいたんですが、その人が辞めるってなって。シンセサイザーも欲しいけど、もっとリズムの音色を増やしたいというか生のドラムだけじゃないリズムの音を増やしたいってなったときに、その両方をできるのがPADだったっていう。PADならシンセサイザーを弾けなくてもできるじゃないですか。
Bisshi:あとはPADってサンプラーじゃないですか。サンプリングミュージックにも憧れるところがあって。それで誰でもできる、色々な音が出るっていうのを両立できるのがPADかなって。それを選んでから人を選びました。その人が政田くん。
MATTON:誰でも出来るってしないと見つからんなと思って。誰でも出来るような仕様をこっちで作っといて、何人かやりたいですって人が来てくれたらそこから自分たちの相性とかキャラクターとかそういうので選ぼうと思ってて。
Bisshi:見た目とかも大事ですからね。

-BELONGのスタッフの中でもPADってライブですごく印象的で、新メンバーが入ってすごく良くなったよねと話していました。
MATTON:ミッキーみたいな立場だからね(笑)。
政田:そういう評価を各方面から頂いていて。俺が「いきまーす!」みたいな感じで入ってきたみたいな感じですけど、実は俺はファンの一員として見守っていたなかで、トントンと「やろっか」っていう流れになったっていうほうが近くて。そのままここまで来ている感じなんです。でもやってみると立ち位置としても、バンドですから人間関係としても難しい部分があって。誰でも出来る役割と言えど、明確なものがあるようでない立ち位置だなと思って。
MATTON:単純に色んな人に説明するのが難しい。この編成でライブをするってなったときにライブハウスの人も分かってないから。多分まだ分かってもらえた試しがない。
Bisshi:パッと見てよくある楽器じゃないから。リズムの音も出してるし、ドラムの音も出してるから。色々難しい。
ANAN:どんだけ出していいのか、どんだけ引っ込ましていいのかも分かりづらいと思うし。
政田:ほんとにここ1~2ヶ月、夏が終わったくらいからこっちから提示できるものが僕としてもバンドとしてもバンバンあって。自分の立ち位置が少しずつ見え始めての1月のリリースなんで、来年以降はより明確にPAELLASってものが見えてくるかなと思いますね。
MATTON:一生手探りではありますけどね。でもPADとは言っても、これからの編成によっては何でもする立場だと思っています。PADっていうよりも踊るし、シェイカーとか持つかもしれんし、カウベルを叩くかもしれんし、コーラスもするし、曲にとって必要なことはなんでもする人みたいな感じ。
政田:それをする分、人選もより難しいっちゃ難しいよね。本当に自分でやってて思うのは、俺ほど定まらん立ち位置はいないなって。それは多分見ている人と一緒の気持ちというのも半分あるんで。
Bisshi:ステージの上のリスナーって事?
政田:そうそう。役割を明確にしてるパートというのはもちろんあると思うんですけど、その間をつなぐ役割というかいろんな意味で臨機応変に出す感じ。雰囲気としても音としても。シンプルだけど難しいですね。

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-編成が変わって曲作りやレコーディングで大変だったことはありますか。
Bisshi:レコーディングは超大変だったけど、編成っていうよりは今までずっと宅録でやってて、前のアルバムを出した時も全部宅録で。宅録じゃないところも全部自分たちでドラムを録音してやってたんで、人と絡んで音源を作るってこと自体がすごく大変なことだなって思いました。曲作りはギターのANANとベースの僕とボーカルのMATTONで作って、あとはスタジオやライブで演奏してまとまっていくって感じなので。
MATTON:曲作りに関して大変な部分は特になくて。何でもできるパートの人がいるから逆に自由になったんですよ。前はこの音いいけどライブでできる?みたいなのがあったけど今はその障害が特にない。とりあえずまだ試してないけど、多分PADで出せるからいいんじゃんって自由が広がったと思います。シンセサイザーが入ったときもそうだったんですけど、それよりも格段に自由になりましたね。ドラムにもPADを置いてて、2枚あるからかなり選択肢は広がってますね。
ANAN:東京に来てからは常にこの音を出せるかなって言って曲を作ってた。前まではそういう話が多かったけど、そういえば自然となくなったよね。
MATTON:最初はシンセサイザーもなくて4人でやってたから、音源としてはこれでいいけどライブとしてやるときにどうするか考えなあかんなって。これシンセで鳴らしてるけどライブではギターで代わりにこういうフレーズ弾かなあかんってやってたんですよ。
ANAN:ほんとめちゃくちゃだったな。
MATTON:ようやってたなって思います。だから大変とかマイナスの要素はあんまりないですね。
政田:PADってわかりづらいんですけど、言い換えれば自由と可能性っていう楽器なんですよ。パートの自由と可能性っていう風に捉えて頂ければ。
Bisshi:ポジションが自由と可能性。
政田:そうそう。

-昨年あたりから注目されていたので、2015年にリリースしていないのが意外でした。なぜこのタイミングでのリリースになったのでしょうか。また1月1日発売にしたのはこだわりがあるのでしょうか。
MATTON:全部まとめて言うと、本当はもっと早く出そうと思ってました。東京に来るってなったときには2014年中に限定の7インチとは別に、ミニアルバムじゃなくてもCDとして出すって決めてて。レコードは元から知ってくれていた人にしか届かないようなものだと思うから、レコードとしてまず出して、次にCDを出して色んな人に聴いてもらって、2015年はもっと広げようっていうビジョンだったんですけど。2014年内には出せず、自主で出すってなったときに今のLittleize recordsから話をもらって。そこと一緒にやっていこうってなってからはもう一回音源を最初からちゃんとレコーディングして作ろうって決めたんです。その間にも色々ありつつ、結局このタイミングでリリースになったっていう。本来はもっと早く出すつもりだったから、1年越しくらいの気持ちですね。1月1日なのはそうしたかったからってことにしておいてください(笑)。ほんまは年内に出したかったんですけど、出せるタイミングで一番早かったのが1月1日だったってことです。自分としてはめでたいしいいかなって。
Bisshi:時間を浪費してるとは言わないけど、もっと早くリリースしたかったなっていうのは思いますね。でもちゃんとアルバムを作れてよかったなと思います。
MATTON:どのみちこうなることやったんやと思いますね。バンドとして去年よりは今のほうが良いと思うし。俺らはずっとそんな感じなんで、ちょっとずつ良くなってる。試行錯誤の繰り返しをずっと続けてるから。前に俺らのライブを見てあんまりって思った人にはもう一回見てもらえたら嬉しいんです。もし今見てもらえて微妙だったとしてもとしても、また3ヶ月後に見てもらいたい。そんな感じですね。
Bisshi:でもちゃんとリリースできてよかったよね。ようやった、ようやく来たというか。
MATTON:やっとスタート地点に立てたかな。やっとこさスタート。

-アルバムの内容について聞きたいんですが、「ChineseDelicatessen」というタイトルはお惣菜を売ってる屋台のことですよね。どこからインスピレーションを受けたのでしょうか。
ANAN:屋台というかお惣菜のことなんですけど、僕が最初にトラックを持ってきて。僕はトラックを作る時って良いリズムや良いメロディが思い浮かんで作るから、何かにインスピレーションを受けるとかあんまりないんですけど。とりあえず名前をつけなきゃってなっていつも適当につけるんですけど、その時僕はアメリカにいてよく中華を食べてたんですよ。中華がめっちゃ安くて二人前くらいのチャーハンが大体日本円で350円くらいだからよく食べてて。それで家で曲を作って、「曲できたー名前何にしようかなーチャイニーズでいいかー」っていう感じで。
MATTON:けっこう思い入れあるじゃん。
ANAN:そうだね、今考えるとあるわ。
MATTON:元の音は中国っぽい音だったんですよ。
ANAN:そっか、音も中国っぽかったか。
Bisshi:Soundcloudに上げたときのデモは中国っぽかったよね。
MATTON:俺らはずっと“チャイナチャイナチャイナ”って呼んでて、いざちゃんと出すってなったときに曲名を考えなあかんってなっても今さら変えれんくて。
ANAN:歌詞の意味はどうなの?
MATTON:歌詞のストーリーは絶望的で空っぽ。なんでそんな空っぽなん?っていう2人の間の歌で。ひとりが相手に対して「なんで朝まで踊ってるのにそんなに空っぽなの?もっと話したいんだけど」っていう。
ANAN:それが中華になったの(笑)。
MATTON:クラブで朝まで踊って遊んだけど何も残ってねえなあ、俺。私たち。言ってる間に隅っこのコーナーに追い詰められて行き場がなくなるのはわかってるけど、どうしようかみたいのもないから、とりあえず踊ってはいるけどなんもねえよなあ。っていう感じです。

-そんな内容の曲だったんですね。アルバムタイトルの『Remember』はこの曲の歌詞から取ったものでしょうか。
MATTON:「Remember」って曲がもともとあったんですよ。その曲ありきで2014年に『Remember』ってEP出そうと思ってたんですけど、その曲自体がボツになっちゃって。でも俺にとっては『Remember』なんですよ今回の音源は。
ANAN:そういう意味の“Remember”なんだ。
MATTON:そう。アルバムに入ってる曲名じゃないタイトルをつけたいなと思ってて、たまたま「Remember」ってついてた曲があって、響きも好きだからちょうどいいかなって。わかりやすく『Night Drive』ってタイトルでもよかったんですけど。でもEPのタイトルで残ってたからそれでいこうって。自分にとって思い出みたいなものです。
Bisshi:でも本当に色んな思い出が詰まってると思います(笑)。
MATTON:1番最後にできた曲ですら2015年の元旦にできた曲じゃない?「Fever」と「Night Drive」。
Bisshi:ほんとに大変だったけどその分思い出もあります。大変な時にできた曲たち。メンバーが抜けて政田くんが入る前にもどんな人を探す?っていう。政田くんが入って初めてのライブが決まって、その前日にできた曲が2曲入ってる。ライブの前日だっけ?
MATTON:年の瀬に大晦日で仕事も休みやし特に何もすることもないから、俺とBisshiの二人で曲を作ってた。
Bisshi:メンバーが抜けたから新しいことやろうかって時に、こんな感じでって作ったのがこの2曲。僕はめちゃくちゃ気に入ってて。「Cat Out」もこの2年間ずっとやってるじゃん。でも色々変わっていって曲の構成ももう5~6回は変わってるんじゃないかな。
MATTON:「Cat Out」は東京に来て3人で初めて作った曲。こういう感じでやりたいなっていう道筋になったような曲ですね。そこから7インチで出して、違う形でコンピ『NOW NIW NEXT』に入れて、何回もアレンジを変えて今の形になって。
Bisshi:たぶんもうやらんよね。
MATTON:入れないかもしれないけど、入れるとしたらまたアレンジは変わると思う。
Bisshi:それは自分たちのバンドのやり方として、ずっと変わり続けると思うし、音源出すって決まってからもまた曲の構成変えながらライブをやるし。PAELLASはそうやって変わり続けるバンドだと思う。メンバーや音楽性もまだまだ変わるかもしれないし、ずっと転がり続ける感じ。

−「Cat Out」は去年7インチで発表したものと比べて、かなり音が加えられてよりキャッチーになっていますね。ギターソロが印象的でライブ栄えすると思いました。
MATTON:7インチのやつはほんまに宅録で、まだそんなにライブもやってないときに作ったんでライブでやっていくなかでもっとこうやったら気持ちいいよねって変わっていった感じです。自分たちでもあの曲のジャンルを何て言っていいのかわからないけど、ちょっとハウスっぽいものと考えたときにその時は何も分からなかったけど、1年経って少しわかるようになって。そういう音楽を聴く量が増えて知識じゃないですけど、当初よりはやり方がわかってきたから改良されてきた、みたいな感じかな。今の音源がバンドっぽいっていうのはリズムの音を足したからかな。
Bisshi:「Cat Out」だけはドラムセットじゃなくてハットやスネアを別々で録って入れたんで生ドラムっぽい音質なんですよ。他の曲は通して生ドラムのセットで録ってるんですけど。それでバンドサウンドらしくしたかな。
小松:僕の力量不足で、ドラムセット一台で録れればいいものを色んなところで録ってて、残してたものをあとから組み合わせて貼っ付けてって感じなんで。生ドラムで叩いてもっと出したいなって思います。

-PAELLASからは宇宙的な印象を受けるのですが音作りでこだわっていることはありますか。
ANAN:宇宙っぽいっていうのはたぶん80年代のシンセを使ってるからそれがレトロフューチャーな感じなのかな。
Bisshi:俺は面白いなっていう音が昔からずっと好きで。シンセも高いものを買ったらいい音出ますけど、安く買ったやつを直して出したら面白かったって音を使っていきたい。その安いシンセが80年代のものだったっていう。
MATTON:PAELLASの音楽ってB級のSF映画みたいな感じじゃないですか。俺はB級のSF映画は知らないんですけど、写真を撮ってる人から『ブレード・ランナー』みたいだよって言われて。そういう感じっていうのはなんとなくわかるかな。

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-音が動いて左右に広がりますよね。
Bisshi:「Cat Out」のANANのギターじゃない?ポコポコするやつ。リバーブもそうだしディレイもそうだしステレオにこだわる部分があるんだと思う。
ANAN:モジレーションがみんな好きで、コーラスとかフェイザーとかシンセサイザーとか、そういうのが宇宙っぽいって普通の人が聴いたら思う要素なのかな。電子ドラムとかもそういう要素でしょ。
MATTON:俺がこだわってるのは夜っぽいってとこ。それだけは絶対ぶれないように。

-MATTONさんのパフォーマンスはデヴィッド・ボウイを彷彿させると言われていますが意識しているのでしょうか。
MATTON:意識してるなんてとても言えないですね。デヴィッド・ボウイはめっちゃ好きなんですけど。特に80年代のものが好きですね。伯爵系の時代の頃。だからこれも宇宙っぽいと言えば宇宙っぽいのかな。
政田:でも僕は初期のシカゴ・ハウスの世界観かなって。
MATTON:今、僕が聴いてる音楽の趣味がハウスなんですよ。特にシカゴ・ハウスで。「Night Drive」はそういう音楽の延長で作りました。
政田:“ウェア・ハウス”っていう黒人のゲイがたむろってるクラブ発祥からのシカゴ・ハウスだったと思うんですけど。その頃のアンダーグラウンドさを加味しつつもスペイシーも入るし、その年代の面白い音楽をどんどん咀嚼してるっていうのがPAELLASにはあるなって思う。
MATTON:「Night Drive」を作ったのが去年の年末くらいで、その時はハウスって何?みたいな感じで。それで調べてみたらシカゴ・ハウスの感じがBisshiも俺も好きやなって。俺らはシカゴ・ハウスなんて何も語れないですけど、フランキー・ナックルズくらいしか知らないんですけど。今聴いてるハウスはもっと今っぽいハウスなんですけど、ディープ・ハウスとか。
政田:あの時期のローリング・ストーンズは初期の今の歌もののアメリカンロックの人たちのスペイシーさやゲイっぽさとかアメリカっぽさで、ボウイみたいなテイストで出てきたみたいなのがあるから、その雰囲気をMATTONが持ってるのかもしれないね。

PAELLASが語る、“邦楽への扉”(ルーツになった日本の音楽)は後日公開!

『Remember』
2016年1月1日発売

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