最終更新: 2020年5月16日
政治情勢や周りを取り巻く環境への不信感や怒り。または、自国への愛。あらゆる感情を叩きつけるように楽器を掻き鳴らし、悲鳴をあげるように思いを歌う過激なバンドたちが、再び昨今のロックシーンを騒がせている。
現に最近では、スタークローラーやウルフ・アリスをはじめ、イギリスを中心にヨーロッパではエネルギーに満ち溢れたニューフェイスが多く現れている。
ありったけの力を込めたロックン・ロールを主とする勢いの良いバンドが盛んな中、身近に転がる不安や揺らぐ感情を、一風変わったアプローチで訴えるバンドがいる。
ドイツはベルリン発のポストパンクバンド、Isolation Berlin(アイソレーション・ベルリン)だ。
ベストニュージャーマンバンドと称される彼らは2012年より活動し、数々のEPやシングルとリリースを重ね、
2016年にファーストアルバム『Und aus den Wolken tropft die Zeit』を発表するとドイツ音楽誌では同年の年間ベスト8位にランキングされるなど国内で着実と名声をあげている。
では彼らが”一風変わっている”のはなぜか?それはザ・スミスを彷彿とさせるような哀愁を漂わせるポストパンクや身近な苦悩を昇華させたポップさ、
セルジュ・ゲンズブールのようなあたたかさと切なさを交えて溶けてゆくようなフレンチポップ/シャンソンをミックスさせ、独自のジャンルを編み出しているところにある。
そして、ヘルマンヘッセに影響されたというトビアス・バンボーシュケ(Vo.&Gt.)の生み出す歌詞はとても詩的で、様々な感情をひとつの物語のように比喩する。
どこか懐かしさを覚える歌声や音楽に惹かれる人も多く、過激なパフォーマンスで知られるラムシュテインのフラーケ(Key.)はアイソレーション・ベルリンのファンと公言し、
度々ライブに足を運ぶのみならず、昨年出版した自叙伝の冒頭にも歌詞を引用するといった熱愛ぶり。
どうにも引き寄せられるアイソレーション・ベルリンの魅惑とは、いったい何なのか。2月23日にリリースされたセカンドアルバム『Vergifte Dich』をもとに、考えてみたい。
彼らの歌に込められているのは拭えない孤独、尽きぬ愛、人生への絶望と未来への希望。
そして『Vergifte Dich:毒を持て』はその人間的な感情を見つめる一冊の本。この中で、彼らはバリエーション豊富な表現方法で音楽に昇華する。
一曲目に配置された「Serotonin」はフォーク調のメロディにブルージーなトビアスのボーカルが切なく響き、合間に訪れる苦笑はユニークさとひそかな狂気をちらつかせている。
一方アルバム名にもなっている「Vergifte dich」ではキャッチーなリズムの上を遊ぶサイケデリズムな歪みが、明るいテンポなのに異様な雰囲気を漂わせている。
毒を持つことをマイナスと捉えない前向きなまでの軽快さがある曲調と囁くように歌い終わるところには、現実を疑い不満を持つこと、それをぶつけることの正しさを教えるようだった。
心身の安定を保つために毒を持て。その毒が正気と疑いを宿し、真実を見定めさせる。この『Vergifte Dich』という本の一ページを飾るには非常にぴったりの曲順だ。
先行リリースされ、MVも公開されているリード曲「Kicks」「Marie」でも、彼らの表現する手法の広さと、彼らの描く根底にある人間への愛や未来への希望を垣間見ることができる。
モノクロームで統一されたMVがクールな「Kicks」ではジョイ・ディヴィジョンを連想させるような王道的ポストパンクと常に背後に在る哀感と闇が伺える。
「私が知っていることは何も役に立たない。新しいことが必要だ。」という歌詞のままに、満足できない日々のフラストレーションをぶつけながらも、新しい未来への期待を歌っている。
ありふれた日常を一蹴する前向きな姿勢を投影した一曲だ。また、昔の恋人に宛てた曲という「Marie」では一変、ひねくれたサウンドや威嚇するような攻撃性とは逆に、繊細なポップソングに仕上がっている。
「いま君に私のことを忘れてほしい」と歌う別れのラブソングはMVともリンクしており、写真で埋め尽くされた小さな部屋で無心に演奏をするメンバーと、
今はもう”ただの過去”でしかない思い出たちを辿っては「今はもう必要ないだろう?」と語りかけるようにカメラを見つめるトビアスがとても印象的だ。
「私は君を幸せにしたい。」「希望に向かう船が待っている。」そう歌う彼らは、愛と希望を常に抱いて音楽を鳴らしている。
そして、トビアスのボーカルがとびきり魅惑な世界へ導いている要になっていることは間違いない。
皮肉めいた歌声で人生への悲しみを零す「Wenn ich eins hasse, dann ist das mein Leben」や穏やかなメロディと歌声がぼんやりと夢に溶けていく「Melchiors Traum」では、
レディオヘッドのトムヨークのような、気が触れたように震えては甘い色気を声に宿す。
一方、ジャジーなサウンドと温かみと拭えない切なさが潜む「In deinen Armen」、ダークなポストパンク色が強いアグレッシブサウンドが主軸の「Die Leute」などでは、
ジャズやブルースを掛け合わせた奥深い声で、精一杯の優しさと身体からひねり出せる分の悲しみや痛みを歌うところはキング・クルールにも密接しているだろう。
特に、アルバム終わりに収録されている「Mir träumte」の素晴らしさはアルバム内でも特別に際立っている。
甘くメロウなギターの音色とささやかなリズムセクションで映す広大な景色と一人ぼっちの自分。
「私は夢を見ていた」という曲名通り、頭から最後まで夢心地が続くようだ。
くるりの「奇跡」に浮かぶような、ずっと続く黄金に輝く自然に包まれた世界で、きらめくように揺れる音たちはぼんやりと滲み、微かな希望の光を知らせてくれる。
何もない世界でその希望をじっと見つめるように、遠い憧れを胸に歌うトビアスの切ない歌声と、夢と幸せを描くバンドアンサンブルが美しく物語の終わりを告げる。
日常的に感じるものへの感情の揺れはリスナーにとっても身近なもので、感情移入をして聴くことができるだろう。
しかし、共感では終わらせない。アイソレーション・ベルリンは慰め合って終わることを求めていないからだ。
詩的な言葉を集め、物語としてあらゆる感情を客観的に見せることに卓越した『Vergifte Dich』。
それを聴いて感じて、あなただけの真理と正義、そして愛を深く見つめることができる。その必要性を彼らは物語を通して訴えかけているのだ。(pikumin)
【Release】
『Vergifte Dich』
NOW ON SALE
レーベル:Staatsakt/Caroline International
品番:LC15105
フォーマット:CD/LP/Digital