最終更新: 2019年1月1日
デスボイスで歌われるいわゆるデスメタルというジャンルは、日本ではあまりメジャーではない。なぜか?デスメタルのバンドもリスナーも見た目がいかつい、音が重すぎて疲れるなどといった、負のイメージを持った人が多いからではないだろうか。何よりデスボイスで歌われると何を言っているのかがほとんど分からない。歌詞の内容を重視しているリスナーが圧倒的に多いこの日本では、デスメタルがお茶の間で流れることなど奇跡に程近い。同じデスボイスでもマキシマムザホルモンが多くのリスナーに支持されたのは、終始デスボイスで歌っているのではなく、分かりやすい歌詞に合わせて盛り上がってきた辺りで突発的にデスボイスをぶち込んでくるという、デスボイスをある種のギャグとして使っていたからである。デスメタルが苦手でも『タモリ倶楽部』を見ている間だけちゃんと聴けるのは、メタルが空耳のせいでおもしろおかしく聴こえてしまうからである。そこにギャグの要素がなければ、デスメタルを聴くに苦戦する人は多いはずだ。ちなみに、私もその一人である。
デスメタルが苦手な私でも、これならまだ聴けると思えるメタルバンドが現れた。米国ルイジアナ州を活動拠点とするTHOU(ザウ)というバンドである。2005年結成、その活動が13年目を迎えた今年、彼らの日本盤がこの度初めてリリースされた。タイトルは『Magus』。意味は魔法使いを意味する英単語“magi”の複数形である。余談ではあるが、アニメ『魔法少女まどか☆マギカ』の“マギ”は恐らくこの英単語を拝借したものだろう。…と言われれば、『Magus』というタイトルも少しは可愛らしいものに感じ取ることもできるのではないだろうか?デスボイスにヘヴィメタル、誰しもが抱くそうしたものへのある種の恐怖めいたものをここで払拭するべく、今の余談は私なりのギャグである。そう、終始デスボイスやデスメタルなるものに徹してるとしても、そこに一種のユーモアを見出すことができれば、苦手だったヘヴィメタルも聴けるようになってしまうのである!私の場合、それがこの程リリースされたTHOU(ザウ)の最新アルバム『Magus』なのである。
何がどうおもしろおかしく聴こえるかと言うと、まずは曲の長さである。1曲目「Inward」は10分少々というかなりのスケール感ある楽曲になっているのだが、その次に流れてくる「My Brother Caliban」はわずか1分4秒!メタルならではの重々しい空気感がしばらく漂ったかと思えば、その流れに一区切りを打つようなさらりとした柔らかい音が流れてきたり。分かりやすく言えば、天丼とミニそばのセットといった辺りだろうか。こうした感じで、2曲目以降は5分少々のミディアムナンバーから10分近くあるヘヴィなナンバー、それでいて「My Brother Caliban」のような1分程の曲が唐突に挿入されていたり。1曲目「Inward」から11分近くある最終曲「Supremacy」までの全11曲、とにかく1曲1曲の曲の長さがまるでバラバラなのである。長さだけでなく、楽曲のクオリティそのものも興味深い、ある種のユーモアセンスンスも感じられる。
メタルバンドと言えば、恐らく大概のバンドが自身のルーツとしてガンズ・アンド・ローゼズやアイアン・メイデン界隈の大御所ヘヴィメタバンドの名前を挙げるだろう。だがTHOU(ザウ)は違う。彼らが主にルーツに挙げているのは、マリリン・マンソンそしてニルヴァーナである。メタル音楽にももちろん精通はしているようなのだが、それ以上に同じロックでもグランジやオルタナといった、攻撃的でなくより聴かせるロックやそれを鳴らすアーティストに彼らは魅力を感じているのである。マリリン・マンソンもその風貌はいかついが、ポップ要素も感じられる彼のロックは一線を画す。宗教・政治批判などのメッセージ性の強い楽曲でありながらマンソン自身は温厚な人柄で、サマソニで見た彼のステージパフォーマンスはエンターテイメントでありユーモアセンスにも溢れていた。メタルバンドでありながらもそうしたアーティストから影響を受けているからか、終始デスボイスだろうとTHOU(ザウ)が今作『Magus』の中で鳴らすヘヴィメタルには凶暴性は感じられないのである。激しさの中にも緩やかな流れが感じられ、ギターリフで聴かせる部分もある。聴く側を攻撃するのでなく、むしろ受け入れるようでもある。そこから、彼らなりのユーモアも感じられる。事実、彼らはヘヴィメタルバンドでありながら、そこにある穏やかさを多くのリスナーから評価されているからか、前作はピッチフォークでも高く評価されている。
何よりそのギャグセンスこそ、THOU(ザウ)の特徴として特筆すべき点だと私は思う。『Magus』というタイトルもあってか、宣材写真に写るのは黒頭巾に黒マント、白塗りの顔に目の下のアイラインを強調したいかついメイクを施したそこそこ歳の行った男女5人組。
ボーカルと思われる真ん中に立つ男性は爆笑問題・田中さん程の背丈で、いかついのにどこか可愛らしい。そんなことを思って写真を眺めていると、彼らの背後にうっすらと男性4人の顔が写り込んでいるではないか!ミスプリか、はたまた心霊写真か。意味深な宣材写真だが、魔法使いの姿をしたいかつい5人組は実はメンバーではないのである。ならばメンバーはいずこに?実は彼らの後ろ側にうっすらと写っている4人の長髪の男性こそがTHOU(ザウ)本人なのである!摩訶不思議なことをする(もしくは生み出す)のが魔法使い、タイトルの意味にこだわったからなのかは定かでないが、こうした宣材写真を作るユーモアセンスはなかなかのものである。いかつい魔法使いの後ろにムサいおっさん、これはもうギャグの領域である!こんなにもおもしろおかしなことをされては、たとえ苦手なデスメタルと言えど気になってしまうではないか!ギャグとユーモアに満ちたメタルロックバンドTHOU(ザウ)の初日本盤アルバム『Magus』は、あなたの中のデスメタルのイメージを覆す!(桃井 かおる子)
【interview】USへヴィ・サウンドシーンを牽引するTHOU(ゾウ)による、グランジロックの実験性を追求した『Magus』 https://t.co/E7Ubee6lVy pic.twitter.com/D4qHZehKCd
— BELONG Media (@BELONG_Media) September 19, 2018
【Release】
『Magus』
NOW ON SALE
レーベル:Sacred Bones / Hostess
品番:HSE-5280
初回仕様限定:ボーナストラック・ダウンロードコード付ステッカー封入(フォーマット:mp3 / 発売日から1年間有効)。歌詞対訳、ライナーノーツ(鈴木喜之)付