最終更新: 2024年3月17日

北ロンドンはエンフィールドの公営住宅で生まれ育ったエレクトロニックミュージックプロデューサー、Loraine James (ロレイン・ジェイムス)。

ロンドンと言えば、東西南北それぞれの土壌において特異な音楽シーンを持ち、その移り変わりもはやい屈指のホットスポットだ。

そんな地で越境的にガレージや2ステップ、アンビエント、グライムなど多様な音楽要素を咀嚼し、UKエレクトロニカミュージックシーンにおけるこの上ない模範解答と革新的な回答の両方を音楽作品として表現してきた。

今回リリースされる3rdアルバム『Gentle Confrontation』もその例外ではなく、現行のリアルなUKエレクトロニカとその可能性を提示した作品だといえる。

今作において特筆すべきはアルバムジャケットや収録曲から象徴されるように自分自身と向き合った作品だということ。

そしてシカゴ出身のシンガー、KeiyaAが参加している他、西ロンドンのシンガージョージ・ライリー、ニュージャージーのバンドVasudevaのギタリストコーリー・マストランジェロ、スペインのピアニスト/SSWのマリーナ・ハーロップなどゲストも越境的で、新鋭ぞろいなのも特徴で、同時代性も孕んだものになっている。

そのため、本インタビューではLoraine Jamesの生い立ちから現在のモードを伺うことで『Gentle Confrontation』の魅力についてお届けしたいと思う。

Loraine James インタビュー

Loraine James (ロレイン・ジェイムス)
撮影:Ivor Alice
アーティスト:ロレイン・ジェイムス インタビュアー:滝田 優樹 通訳:湯山恵子

エレクトロニック・ミュージックとの出会い

-最新アルバム『Gentle Confrontation』は、あなたが10代のころに好きだったDNTEL、Lusine、Telefon Tel Avivを聴きながら制作されたということもあり、まずはあなたの生い立ちから詳しく知りたいです。ノースロンドン出身で、母親のキーボードを使って公営住宅のベッドルームで音楽活動をスタートさせたそうですね。音楽に対する原体験から教えてください。その当時はどのような音楽を聞いていたのでしょうか。カリプソやファンク、オルタナティブロックなどの音楽にも触れていたと思うのですが、具体的なアーティストやエピソードがあれば教えてください。
ロレイン・ジェイムス:うん。うちの母さんの影響で子供の頃はカリプソ、QueenやMetallicaまで幅広い音楽を聴いて育った。私は1995年生まれだから、幼い頃にジャングルやUKガレージ/2ステップものが流れていたのも覚えている。その後Linkin Park等ロックものを自分で見つけてきて聴くようになった。その後、15、16歳の頃にはDNTELやTelefon Tel Aviv等エレクトロニカものも愛聴するようになった。エレクトロニック・ミュージックとの出会いといえば、幼い頃はテレビでDaft PunkやAphex Twinを知ったけど、Aphex TwinのMVは怖すぎた(苦笑)。

-お母様はカリブ諸島のどちらのご出身ですか?
母の祖父がジャマイカ出身だけど、ジャマイカ音楽からはあまり影響を受けていないわ。ジャマイカよりもアメリカやロンドンの街全体から影響を受けていると思う。

ノースロンドンでの幼少時代

-ノースロンドンというと、SorryやGengahrといったインディーロックバンドからベース・ミュージック、ジャズなど様々な音楽の土壌が築かれた街というイメージがあるのですが、あなたから見てどんな街ですか? ノースロンドンでどのような幼少時代を過ごして、音楽以外にどのようなものに刺激を受けたのでしょうか。ちなみですが、『For You And I』のジャケットの高層公営住宅はあなたが実際に暮らしていた場所ですか?
うん。あのジャケ写は私が育ったエンフィールドの公営住宅。現在はイースト・ロンドン在住。ノース・ロンドンと言っても、私が育ったエンフィールドは何もないエリア。クラブができても、すぐ閉店しちゃうし。どちらかというと、イースト・ロンドンやサウス・ロンドンから影響を受けたかな。

- 音楽以外にどのようなものに刺激を受けたんですか?
ビデオ・ゲームが大好きで、ゲーム音楽から刺激を受けたわ。例えばスケーターものとか・・・。WWE(プロレス)ゲームでかかっていたロックとラップを混ぜたような音楽も面白いと思った。

教職の経験

Loraine James (ロレイン・ジェイムス)
撮影:Ivor Alice
-ウェストミンスター大学で商業音楽を専攻したのち、母親と同じ教職の道へ進み、2ndアルバム『Reflection』のタイミングで、教職を辞めていますね。教職の道に進んだきっかけやアーティストのみの道を選択したきっかけや経緯を詳しく教えてもらえますか。当時はロックダウン中だったと思いますが、そういった影響もあったのでしょうか。
学校での仕事を辞めたのはロックダウンの少し前。音楽の学位を取得しても食べていくのは本当に難しいから、大学卒業後は元々サービス業に従事していた。O2(コンサート会場)やクラブのバーだとか、Gregg’s (訳註:イギリスのベーカリー・チェーン)の店舗で働いていた。その後、うちの母が教えている公立の小学校で補助教員(ティーチャーズ・アシスタント/TA)の職を得た。小学校4・5年生、つまり8歳から10歳くらいの生徒たちを担当し、楽しかったから続けていたの。でも、ロックダウンの少し前に(その小学校との)契約終了日が近づき、思い切ってアーティスト1本の道に賭けることにした。ロックダウン後に2ndアルバム『Reflection』をリリースした際に“ロックダウン・アルバム”だとか“パンデミック・アルバム”と呼ばれたのは嫌だったけど、ロックダウンによって大勢の人達があのアルバムにより共感したのかもしれない。

-補助教員としてどの科目を担当していたんですか?
英語を話せない子たちに英語や算数を教えていたわ。

影響を受けたアルバムとアーティスト

Telefone Tel Aviv『Fahrenheit Fair Enough』
Telefone Tel Aviv『Fahrenheit Fair Enough』
-ParamoreやDeath Cab for Cutie、Squarepusherなどなど幅広い音楽から影響を受けていますが、あなたの音楽に影響を与えたアルバム3枚をあげるとすれば、どれですか。また1枚ずつ、どのような部分に影響を受けたかやエピソードについても教えてください。
うーん・・・。難しいなぁ・・・。3枚に絞るのは難しいから・・・。

-Telefone Tel Avivは?
うん。まず、Telefone Tel Aviv『Fahrenheit Fair Enough』。あの緻密なサウンド・プロダクションから影響を受けたわ。緻密なサウンドなのに、音に空間が保たれているのが今聴いても凄いと思う。あともう2枚・・・?ええっと・・・。

-DNTEL?
実は他のジャンルもので何かあるか考えていたんだけど、なかなか思い出せない(苦笑)。DNTELの作品だと『Life is Full of Possibilities』が好き。このアルバムは女性ヴォーカルをフィーチャーしていて、いわゆる“メインストリーム系”と言われているけど、 エレクトロニック・ミュージックの中にエモーショナルな暖かさを感じられるから。私も楽曲を作る際は冷たくならないように心がけているの。あと1枚・・・。うーん・・・。色々あって選べないなぁ・・・(苦笑)。

-もし今思いつかないようでしたら、例えば、ParamoreやDeath Cab for Cutie、Squarepusherの中では?
Paramoreの『All We Know Is Falling』かな。音楽的影響は受けていないけど、10代の頃に通学中のバスの中でこのアルバムをひたすら聴いていたから、間違いなく私にとって想い出深い1枚。「Emergency」のライヴ・ヴァージョンだとか、あれこれダウンロードして聴いていたから(笑)。

別名義プロジェクト“Whatever the Weather”について

-別名義で活動されている“Whatever the Weather”についても教えてください。昨年リリースされたアルバム『Whatever The Weather』の収録曲も曲名を気温で表していて、気候変動に対するリアクションだと思いますが、Loraine Jamesとは別名義のプロジェクトを行った理由は何でしょうか。
Loraine James名義の作品はビーツものが中心。実は『Reflection』用に制作した数曲が『Reflection』には合わない気がしたから、とりあえず保留にしてアルバムには収録しなかった。その後、いいアイディアが浮かんで楽曲を仕上げ、Ghostly (International)からリリースした。だから、Whatever The Weatherは自然発生的に展開された感じね。(去年)日本に行った時にLoraine James名義のライヴ以外にWhatever The Weatherのギグも数本あったの。2つの異なるセットでペースの変化が楽しめたから、(Whatever The Weatherのアルバムを)リリースして良かった。

IDMシーンにおける白人の優位性について

-あなたの過去のインタビューも読ませていただきました。白人が大半を占める IDM シーンに対しての杞憂について、目にしました。こちらについてお聞きしたいのです。私は、この記事を読んで白人が多数を占めるエレクトロニック・ミュージックシーンでの黒人アーティストの立場について、初めて知りました。あなたの所感を詳しく教えてもらえますか。
今日のインタビューで挙げたアーティスト勢を見ても、IDM系のコンピレーションを見ても、白人男性が占めてるでしょ?実は6年前に書いた“ライヴ演奏の意味”を取り上げた私の卒論でも、白人男性アーティストによる独占について言及している。最近この状況は徐々に改善されつつあるけどね。例えばPlanet Muから発売されたNondi_の作品も素晴らしかった。でも、男性中心という状況はあまり変わっていない気がする。

Gentle Confrontation

Loraine James (ロレイン・ジェイムス)『Gentle Confrontation』

最新作『Gentle Confrontation』のタイトルとテーマ

-ここからは最新作『Gentle Confrontation』についてお聞きします。まずはタイトル“Gentle Confrontation”について。なぜこのタイトルにしようと思ったのでしょうか。テーマやコンセプトがあれば教えてください。
自然の流れで、アルバムを制作している過程で、このタイトルになった。実はうちの父さんが他界してから今年で20年目でね。当時の私はまだ幼かったからよく理解できなかったけど、この20年間に起きたことをアルバム制作期間中に振り返り、ゆっくりと自分自身を内観することができた。これまで私は自分の身に起きたあらゆることに立ち向かってきた。ハードで攻撃的な方法ではなく、ゆっくりと。だから 「Gentle(穏やか/優しい) ということば(ワード)を入れたのよ。私の場合、アルバム制作に着手する時点ではテーマやコンセプト等を決めたりしない。今回も父親のことを取り上げようなんて思っていなかった。制作中に自分の身に起きたことがゆっくりと解明されていき、自然の成り行きでこういう内容になった。最初にビーツやメロディを作り、その後に歌詞を書き上げていった。「2003」では元々ラップを入れることも考えたけど、最終的には(ラップなしの)歌詞を書いたわ。

過去と向き合う楽曲「2003」について

-資料によれば“10代のあなたが作りたかったレコード”という発言もありました。収録曲「2003」から象徴されるようにこのアルバムを通して、過去と向き合うとこも体験されたかと思います。この時代は社会情勢的にも不安的な時期だったかと思います。なぜ、今2003年という時代を想起されたのでしょうか。
さっき話したように、2003年はうちの父さんが他界した年。私は当時7歳だった。父さんが私に自転車の乗り方を教えてくれたことが一番の思い出ね。

-お父様もジャマイカ系だったんですか?
ううん。父さんはナイジェリア出身で、ナイジェリアの音楽も聴いていたわ。

制作環境について

-インスタグラムでは自宅での作曲風景もいくつか投稿されています。今作の制作も自宅で行われたのでしょうか。
大半は自宅だけど、アメリカ在住のContourをフィーチャーしたラスト・ナンバー「Saying Goodbye」はContourが渡英した際にロンドンのスタジオで制作した。自宅は一番居心地いいから、私は自宅での楽曲制作が好き。例えば気分が乗らなかったらPCを閉じてその日は終了することも可能だし、自分のペースで進められるから。

マスタリングとミックスについて

-マスタリングはTelefon Tel Avivのジョシュア・ユースティスが手がけ、Shabaka and the AncestorsやKing Kruleを手がけるディリップ・ハリスがミックスを担当していますね。彼らとの制作時はどのようなアイデアやディレクションをもって進められたのでしょうか。
ジョシュアが手がけた私の『Whatever the Weather』の音の仕上がりに生命感や温かみがあった点がとても気に入ったから、今回もお願いしたの。音楽的にはWhatever the Weatherとは違うけどね。Mount KimbieやKing Kruleのミックスも手がけているディリップを選んだ理由は、エレクトロニック・ミュージック界の人にミックスしてもらいたかったから。ディリップはアイディアに富んだ人で、楽曲に生ドラムや生ギターを入れた方がいいというような提案もしてくれた。

多彩なゲストとのコラボについて

-今作のトピックとしてKeiyaAやジョージ・ライリー、コーリー・マストランジェロなど多くのゲストが参加されていることも特徴です。彼多くのゲストアーティストとコラボすることで刺激を受けたエピソードなどあれば教えてください。
ジョージは私のマネージャーから「一緒に仕事してみたら?」と勧められて2、3年前に初めて会った。それ以来、彼女は私の親友のような存在で、今回のアルバムにはどうしても参加して欲しかった。ジョージは物凄い才能の持ち主。このコラボ曲(「Speechless」)は、2年前に録音したものを昨年一部録り直して仕上げた。彼女との音楽制作はリラックスした気分で取り組めるし、腹を割った話ができるから、作業が素早く進むのよ。コーリー・マストランジェロは10年前に彼のバンド、Vasudevaのことを発見して以来の大ファン。それで、彼に連絡して、ギター演奏をお願いした。KeiyaAとはロンドンやニューヨークで数回会った。R&B〜ソウル系で若干ソランジュっぽい雰囲気もあるアルバム『Forever, Ya Girl』が大好き。『Gentle Confrontation』では、自分独りでは作らないようなティンバランドと組んだアリーヤやブランディのようなR&Bものも収録したかったから、いいコラボ曲ができたと自負している。

ブレイクスルーした楽曲「Speechless」について

-今作『Gentle Confrontation』におけるブレイクスルーもしくは最も変化や進化を感じさせる楽曲はどれですか? 個人的にはジョージ・ライリーとの「Speechless」がシルキーなオルタナR&Bな装いでフェイバリットです。
私も同じく「Speechless」。この曲のR&B的インタールードがとても気に入っている。数年前の私だったら絶対こういうサウンドは作れなかったと思う。今回こうして他のアーティスト勢と組むことによって、自分の音楽の幅が広げることができた。

おすすめの聴き方と日本へのメッセージ

-『Gentle Confrontation』をどのような人、もしくはどのようなシチュエーションで聴いて欲しいですか?
あらゆる人に聴いてもらえると嬉しいな。シチュエーション的には自宅で聴くのをお勧めするわ。自宅で誰かとおしゃべりする際にかけるようなBGMという訳じゃなくて、じっくり自宅で聴いて貰えるといいな。

-最後に日本のリスナーにメッセージを頂けますか?
日本の皆には心から感謝しているわ。日本のファンってとても親切で、私を暖かく迎えてくれて嬉しかった。前回の来日は最高に楽しかったから、是非また近いうちに日本に行きたい!次回は東京と大阪以外にも足を伸ばしてみたいなぁ。それから、フジ・ロックに出演してみたい!今日はありがとう!

Loraine Jamesアルバムリリース

3rdアルバム『Gentle Confrontation』

Loraine James (ロレイン・ジェイムス)『Gentle Confrontation』
発売日: 2023年9月22日
収録曲:
1. Gentle Confrontation
2. 2003
3. Let U Go ft. keiyaA
4. Déjà Vu ft. RiTchie
5. Prelude of Tired of Me
6. Glitch The System (Glitch Bitch 2)
7. I DM U
8. One Way Ticket To The Midwest (Emo) ft. Corey Mastrangelo
9. Cards With The Grandparents
10. While They Were Singing ft. Marina Herlop
11. Try For Me ft. Eden Samara
12. Tired Of Me
13. Speechless ft. George Riley
14. Disjointed (Feeling Like A Kid Again)
15. I’m Trying To Love Myself
16. Saying Goodbye ft. Contour
17. Scepticism with Joy ft. Mouse on the Keys(※ボーナストラック)
フォーマット:Mp3、CD、アナログ
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Loraine Jamesプロフィール

Loraine James (ロレイン・ジェイムス)
撮影:Ivor Alice

“ロレイン・ジェイムズはロンドン北部のエンフィールドにあるアルマ・エステートのタワーマンションで育った。彼女の音楽への興味は幼少期から始まった。ピアノを習い、パラモアやデス・キャブ・フォー・キューティーのような2000年代のオルタナティヴ・バンドや、母親から紹介されたカリプソやファンク・ミュージックに魅了された。思春期にはエレクトロニック・ミュージックに興味を持ち、SquarepusherやTelefon Tel AvivのようなIDMアーティストに影響を受けている。”

引用元:Loraine James(ロレイン・ジェイムス)プロフィール(Wikipedia)

ライター:滝田優樹

1991年生まれ、北海道苫小牧市出身のフリーライター。TEAM NACSと同じ大学を卒業した後、音楽の専門学校へ入学しライターコースを専攻。

そこで3冊もの音楽フリーペーパーを制作し、アーティストへのインタビューから編集までを行う。

その経歴を活かしてフリーペーパーとWeb媒体を持つクロス音楽メディア会社に就職、そこではレビュー記事執筆と編集、営業を経験。

退職後は某大型レコードショップ店員へと転職して、自社媒体でのディスクレビュー記事も執筆する。

それをきっかけにフリーランスの音楽ライターとしての活動を開始。現在は、地元苫小牧での野外音楽フェス開催を夢みるサラリーマン兼音楽ライター。

猫と映画鑑賞、読書を好む。小松菜奈とカレー&ビリヤニ探訪はライフスタイル。

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Twitter:@takita_funky