最終更新: 2025年11月16日

オーストラリアのシンガーソングライター、ハリエット・ピルビームによるプロジェクト、Hatchie(ハッチー)。

彼女がリリースした3rdアルバム『Liquorice』は、先日インタビューを行ったメリナ・ドゥテルテ(Melina Duterte)のソロプロジェクト、Jay Som(ジェイ・ソム)をプロデューサーに迎えて制作された。

Hatchie自身がJay Som『Anak Ko』に影響を受けていたことを今回のインタビューで明言しているが、これまでの彼女作品でもJay Somの遺伝子を端々に感じることができる。

そこからさらに2人が直接繋がりを持つことで生まれた変化は、濃厚な甘美さと激情的な音響の共存であった。

彼女の音楽の特徴であったCocteau TwinsやPale Saints系譜のドリームポップサウンドを残しつつも、靄が晴れるような力強く鮮明なサウンドと溶けあう。

対比と強弱を表しながら聴覚に刺激を与え、華やかで儚かな心象風景を映し出す。

賞賛すべきはそれが偶然の産物ではなく、Hatchieがこれまで影響を受けたカイリー・ミノーグやCocteau Twins、そして今作のインスピレーション源となったロマンス映画を見事に音として明確に具現化したことだ。

必然的に生まれるべくして生まれた作品であったということだが、思い描いていた音像や影響下にあったすべてをそのまま表現できる手腕に畏敬の念を抱かずにいられない。

今回のインタビューの回答はすべて『Liquorice』に直結する。インタビュアーとしてここまでインタビュー内容と作品に直結したことははじめてだ。

あなたもアルバムを聴いて、このインタビューを読んだならば、その事実に納得せざる得ないだろう。

そして、それはHatchieがすべて嘘偽りなく、質問に対して正直に答えてくれたことを意味するのだ。

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アーティスト:ハリエット・ピルビーム(Harriette Pilbeam) インタビュアー:滝田優樹(Yuuki Takita) 翻訳・編集・校正:BELONG Media / A-indie

Hatchieとは

幼少期の音楽体験とHatchieとしての始まり

-滝田優樹:『Liquorice』は過去の経験を振り返り、自己発見において、憧れと執着がいかに絡み合っているかを描いた作品だと思います。私たちはアーティストのルーツや音楽が生まれた背景、そして影響を受けた音楽・文化・芸術を大切にしているメディアです。今回私たちとは初めてのインタビューなので、あなた自身のことからお聞きすることで読者にもあなたの魅力を知ってもらいたいです。そのため改めて、あなたが幼少期をどのように過ごし、どのようにしてHatchieとしてアーティスト活動を始めたのか教えてほしいです。

ハリエット・ピルビーム:こんにちは、ユウキ!わあ、すごい。サポートしてくれて本当にありがとう!私の子供時代はとても音楽的だった。3人の兄姉がいて、両親は私たちみんなに楽器の演奏や歌うことを勧めてくれたわ。車の中、バスの中、寝室、基本どこでもウォークマンやディスクマンで常に音楽を聴いていたの!子供の頃は、Kylie Minogue、Hilary Duff、The Corrs、S Club Sevenが大好きだった。両親もBilly Joel、Todd Rundgren、Carole King、The Beatlesといった彼らのお気に入りの音楽を聴かせてくれたから、新旧たくさんの影響を受けて育った。大人になって何を仕事にしたいかは分からなかったけど、パフォーマンスすることは大好きだった。17歳の時に友達のバンドに(Ba.)として参加して、それ以来ずっとバンドで演奏しているの!

ブリスベンとメルボルン、2つの街での創作

アルバム制作の舞台となった2つの都市

-滝田優樹:今回のアルバム『Liquorice』を制作し始めたのが2022~2023年にブリスベンで暮らしていた頃とのことで、その後、メルボルンでAgiusと共同生活を送りながら制作を進めていたとのことですが、まずはその期間について教えてください。ブリスベンやメルボルンで暮らし始めたきっかけは何だったのでしょうか。そしてそこではどのような暮らしをしていたのですか?

ツアーやセカンドアルバムの制作で多くの時間を費やした後、ちょっと道に迷ったような気がして、自分の私生活を見つめ直すために休息が必要だと思った。ツアーを休んでいる間、ブリスベンでゆっくりとアルバム制作を始めたんだけど、両親と暮らしながら、臨時の仕事をこなす日々にまだ落ち着かない気持ちもあってね。たくさんのアイデアを試して、色々なサウンドを実験するうちに、このアルバムはもっと磨き上げる前の、派手なプロダクションを抑えた、もっと自分自身の作品だと感じられるものにしたいと気づき始めた。メルボルンへの引っ越しは数年前から考えていたことで、ブリスベンの友人のほとんどがすでにメルボルンに移っていたから、自然な選択だったわ。着いてすぐに作曲を続けて、次の12ヶ月でアルバムを完成させたの。

ブリスベンとメルボルン、それぞれの音楽的土壌

-滝田優樹:ブリスベンやメルボルンという土地についても気になります!どのような街並みで、音楽的な土壌などはどのようなところですか?

ブリスベンは、人口が多すぎる小さな町って感じかな。主要な都市と比べると本当に静かに感じる。そこがブリスベンで育った特別なところでもあるんだけど。でも残念ながら、ブリスベンのライブハウスの多くが閉鎖してしまって、以前よりも小さなミュージシャンが活動するのは難しくなっているの。メルボルンはとても忙しい街で、たくさんのライブハウスや音楽を演奏する機会がある。こっちの方がナイトライフも充実しているわね。

音楽的影響とルーツ

Hatchieの音楽を形作った3枚のアルバム


-滝田優樹:あなたはジェニファー・ペイジの「Crush」をカバーしていたり、カイリー・ミノーグやPrimal Screamなどの音楽からの影響を公言していたので気になるのですが、あなたの音楽に影響を与えたアルバム3枚をあげるとすれば、どれですか。また1枚ずつ、どのような部分に影響を受けたかやエピソードがあれば教えてください。
うわー、これは良い質問ね!私はポップミュージックが大好きで、それが私のボーカルメロディーや曲の構造に大きな影響を与えていると感じているの。カイリー・ミノーグのお気に入りのアルバムは『Impossible Princess』だけど、2004年に出た彼女のベストアルバム『Ultimate Kylie』が、発売当時に一番聴いたCDだったわ。それから、Cocteau Twinsの『Heaven Or Las Vegas』も挙げたい。この作品は、ボーカルメロディーやギタートーンの実験的な側面について、本当に私の目を開かせてくれた。The Sundaysの『Reading Writing and Arithmetic』も、Hatchieの初期の曲を作っていた時に大きな影響を受けたわ。ハリエット(・ホイーラー)の甘い声と、よりメランコリックな歌詞の組み合わせが大好きなの。

Jay Somとの出会いと音楽的繋がり


-滝田優樹:先日Jay Somこと、メリナ・ドゥテルテにインタビューした時に彼女とあなたのお話をしました。あなたの音楽からJay Somの音楽からの影響を感じると伝えたところ、とても喜んでいましたが、Jay Somの音楽から影響を受けたことや彼女に対する印象を教えてください。(最新アルバムを共同プロデュースしたことについては後でお聞きしますね)

メリナは最高よ!彼女の音楽にはメリナが影響を受けたものが聴こえるけど、それでも自身の明確なサウンドがあるところが大好きなの。特にメリナのアルバム『Anak Ko』が出た時は夢中になった。彼女は素晴らしいギタリストでもあって、私のアルバムの最後のトラックにもギターを加えてくれたんだけど、それがすごく気に入ってる。メリナはインディーロックとポップをとてもうまく融合させるのよね。

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