最終更新: 2025年11月25日

バンドでの活動と並行して、ソロ作品を制作するということ。それは単なる表現の場の拡大ではなく、自分自身と向き合い、できることとできないことを見極める作業でもある。

DYGLのKohei Kamoto(嘉本康平)が初のソロアルバム『Dangle Candle』で見せるのは、そんな思索の旅の記録だ。

共同プロデューサーの香田悠真に背中を押され、1年をかけて完成させた本作は、サンプリングやシンセサイザーを駆使した実験的なサウンドが特徴。

“余白”や“二面性”を意識し、聴く人によって解釈が違う音楽を目指したという。

B級SF映画『マック』からの着想、テープマシンでの偶然の発見、そして“自分との戦い”の末に生まれた10曲。

音楽を始めたきっかけから、DYGLでの役割の変遷、そしてソロ制作を経て見えてきた新たな可能性まで、じっくりと語ってもらった。

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音楽を始めたきっかけと原点


アーティスト:Kohei Kamoto(嘉本康平) インタビュアー:まりりん 翻訳・編集・校正:BELONG Media / A-indie

兄の影響とターンテーブル

-まりりん: この間のDYGLの時(※以前のインタビュー)に、嘉本さんのソロインタビューをやったら面白いのではないかという話をしていました。
Kohei Kamoto: ああ、前回のインタビューの時ですね。

-まりりん: その時に秋山(秋山信樹)さんが言っていたんで、本当に実現するとは思っていませんでした。DYGLとして、またYkiki Beat(※Kohei Kamotoも在籍していたバンド)としても、BELONGではずっと取材をさせていただいていると思いますが、嘉本さん個人としては初めてになりますので、色々とお聞きしたいです。そもそも嘉本さんが音楽を始める一番最初のきっかけは何だったのでしょうか。
Kohei Kamoto: 音楽を始めたのは兄と姉の二人が音楽好きだった事が大きく影響したと思います。兄はターンテーブルを持っていて、DJのようなことをしていて、その頃教えてもらったり聴いていた音楽は90年代とか2000年代始めのものでした。兄がDJのターンテーブルを持っているのを見て、僕も音楽をやりたいと思っていて、自分が音楽をやるならまずはギターかな、と。

ギターから始まった音楽人生


-まりりん: Ykiki Beatではギターでしたが、DYGLでは一時期ドラム(※現在は再びギターを弾いている)でしたよね。でも、最初はギターだったんですね。
Kohei Kamoto: そうですね。ドラムも、家に中古の簡易的な電子ドラムがあって、たまに叩いてはいましたけど、ドラマーという感じではありませんでした。基本はギターで、ドラムやシンセサイザーはたまに触る中の一つ、という感じでした。

-まりりん: 音楽に興味を持った時点で、ご自宅には色々な選択肢(楽器)があったんですね。
Kohei Kamoto: そうですね。ギターをずっと弾き込むというよりは、シンセサイザーなども買っていましたし、演奏というよりも機材を触っている方が好きだったかもしれません。

DYGLへの加入とドラマーとしての日々

変則的なバンドの成り立ち

-まりりん: DYGLの話になりますが、DYGLにドラムとして加入することになった経緯を教えていただけますか。
Kohei Kamoto: そもそも大学時代に、下中(下中洋介)と僕が別のバンドを組んでいて、その時は二人ともギターでした。それが大学生特有の感じで大した事ない理由で仲が悪くなってすぐ解散してしまったんですけど、僕は下中とまだ仲が良かったので、バンドをやりたいと話していました。それで、音楽の趣味が合うのが秋山だったので、とりあえず秋山に声をかけました。3人で何かやろう、と。最初は担当楽器も特に決まっていませんでした。

-まりりん: 人が先に集まったんですね。
Kohei Kamoto: 人が最初に集まって、3人で活動していくうちにライブも増えてきたんですけど、全員でドラムを回すのも面倒になってきました。それに、僕の大学がすごく遠くて、通学に2時間くらいかかったんです。ギターとボードを教材等と一緒に持って通学するのが本当に嫌で。電車も混みますし。それで、“ドラムでやるわ”と。機材もスティックだけになるので、軽いノリで決めました。

-まりりん: その前は全員でドラムを回していたんですね。
Kohei Kamoto: はい。下中もドラムを叩いている曲があった気がします。秋山も元々ドラムを叩けましたし、ドラムを叩きながら歌うと言っていたこともありました。3人で回していましたね。下中は数曲だったとは思いますが。

-まりりん: かなり変則的な成り立ちですね。
Kohei Kamoto: そうですね。

ギタリストへの回帰

-まりりん: 現在、DYGLのホームページではバイオグラフィーなどがないようですが、嘉本さんのパートはどういう表記になっているのでしょうか。
Kohei Kamoto: どうなんでしょう。わからないですけど、DYGLのインタビューでは、もう僕はドラムとは言っていません。レコーディングもスズケン(鈴木健人)が叩いてくれていますし。少し前まではレコーディングは僕が叩いて、ライブをスズケンが担当したりしていましたけど、今は曲作りもスズケンがドラムを叩いて作っていますし、レコーディングも同様です。

-まりりん: その辺りも、しっかり決めたわけではなく自然な流れだったんですね。
Kohei Kamoto: 大学を卒業して本格的にDYGLをやるようになってからは、自分はしっかりとしたドラマーではないかもしれない、という思いがずっとありました。だから誰かドラマーを入れようと僕が積極的に提案していたんですけど、なかなか合う人がいなくて。スズケンが合うとわかって、ようやく変わることができました。

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