最終更新: 2026年4月9日
音楽との出会いとコラボレーションの哲学

幼少期の音楽体験
-滝田優樹:キャメロンはどのような幼少期を過ごし、音楽とはどのように出会ったのでしょうか?
キャメロン:最初に音楽に出合ったのは・・・というか、自分で音楽を選んで聴くようになった最初のきっかけは、子ども向けのテレビチャンネルが終わったあとだったと思う。そのあとにミュージック・ビデオのチャンネルに切り替えていたんだ。で、だいたい最初に流れてくるものを“これすごくいいな”と思って聴いていた。たぶん2004年とか2005年くらいだったと思うけど、Coldpalyのビデオを観たのを覚えているし、“Coldpalyのアルバムが欲しい”と言っていた。Sugababesもそうだし、リアーナもそうだったし、Oasisもそう。“このアルバムが欲しい”と親に頼んでいたのを覚えている。そういうふうにチャンネルを切り替えて、“これいいな”と思うものに出合っていく感じが、自分にとって最初の音楽の記憶だね。
メンバーとの共鳴と日常
-滝田優樹:キャメロンが今のメンバーと音楽を作る上で、共鳴していると感じる部分はどのようなところですか?音楽の好みや、それ以外の趣味・関心についても教えてください。
キャメロン:僕は読書が好きだし、ロンドンを歩き回るのも好きだし、展覧会に行ったり映画館に行ったりもする。サッカークラブのシーズンチケットも持っていて、もう15年くらいになるかな。あとはいろいろなことをやっているけど、これまで世界中を旅する中で、CDやレコードのコレクションも少しずつ集めてきた。家で時間があるときは、それを聴き返したりもしているね。
通訳(青木):一緒に演奏しているメンバーやコラボレーターとも、そういう興味は共有しているんですか?それとも、どちらかというと音楽的な部分での共鳴が大きいのでしょうか?
キャメロン:音楽だけじゃなくてそれ以外にも、似たような興味を共有しているよ。
デビュー・アルバム『My New Band Believe』の誕生
中国での発熱とバンド名の起源
-滝田優樹:ここからはデビュー・アルバム『My New Band Believe』について教えてください。とても興奮する内容だったのですが、アルバムの資料には気になるトピックがたくさんあったので、まずはその資料に書かれていたことからお聞きします。中国のホテルの一室で体調を崩していたときに、奇妙なイメージや言葉の断片が次々と閃き、そのなかに”My New Band Believe”というフレーズがあったとのことですね。それがアルバムの出発点になったと同時に、バンド名の由来にもなっているとのことで、改めてその経緯を詳しく聞かせてもらえますか?また、どのような経緯で当時中国にいたのでしょうか。そして普段作曲される際も、このような偶然の閃きを起点に制作へ取り掛かることが多いのでしょうか。
キャメロン:中国にいたのはblack midiのツアーがあったからだよ。前の晩は広州にいて、かなり遅い時間に屋台みたいなところで食事をしたんだ。大きなザリガニ料理を頼んで、僕はザリガニをたくさん食べた。モニター・エンジニアが香港出身だったんだけど、翌朝になって“昨夜は何してたの?”って聞かれたから、“夜中の3時に外でザリガニを食べていたよ”って答えたんだ。そしたら彼が“それは体調を崩すよ。あれはすごく不衛生なんだ”って言っていて。それで西安行きの飛行機に乗ったあたりから、本当に具合が悪くなり始めた。熱が出たのはそこからだね。
通訳(青木):もうひとつの質問は、普段曲を書くときも、そういう突然の閃きやインスピレーションを頼りにすることが多いのか、ということでした。
キャメロン:面白いフレーズとかジョークみたいなものをメモしたリストがあって、そこからひとつ選んで曲を組み立てていくことはよくあるよ。あるいは、書いていて行き詰まったときに“この中のどれかがこの曲に合うかな”と考えて使うこともある。そうすると、ときには曲の進み方そのものが大きく変わることもあるんだ。そこからほかの要素を合わせていく感じだね。たいていは、まずひとつのフレーズかひとつのアイデアを見つけて、それを曲全体の中で発展させていく。そしていろんな角度から何度も掘り下げていく、というやり方が多いかな。
アーティスト写真とVelvet Undergroundへのオマージュ

キャメロン:アルバムのジャケット自体が、そのアルバムと似たヴィネット(画面の縁が暗くなるような表現)になっているんだ。だから、アーティスト写真もそれを反映させる形で同じような構図にしたらいいと思ったんだ。
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