最終更新: 2019年5月18日



昨年9月にベストアルバム『Before Today』を発売し、新たな旅路へと歩み出したザ・ノーベンバーズ。多くの作品で、耽美な音色から身体を射抜くノイズに至るまで、あらゆる音を駆使して、新たな景色を作り上げてきた。

また、ジャンルに捉われることなく、時にはザ・キュアーやザ・スミスを彷彿とさせるような煌びやかなポップソングを軽やかに歌い、時にはライドやマイ・ブラッディ・ヴァレンタインのような轟音シューゲイズを掻き鳴らしてはラウドに叫んだりと、ポップでありながら、シューゲイザー、オルタナティヴ、アンビエントなど様々な要素を取り入れてはアウトプットに繋げていた結果、誰にも類似しない特別な存在となりつつある。

そんな彼らが、ベスト盤を境目に、ザ・ノーベンバーズ第二章の始まりを飾る一作目として発表したのが、EP『TODAY』である。

BELONGでは『TODAY』リリースに伴い、フロントマン・小林祐介(Vo.&Gt.)にインタビューを敢行。今作のリリースにまつわる制作秘話や各楽曲へのこだわりや、ザ・ノーベンバーズを語る上で欠かせないラルク・アン・シエルへの愛など、盛り沢山な内容となっている。インタビューは7月下旬発刊のBELONG Magazine Vol.24にて掲載予定。

今回は、そのインタビューから小林のコメントをいくつか引用し、『TODAY』を紐解いていこうと思う。

『小林:”Before Today”のタイトルを考えた時点で次のアクションは”TODAY”という作品で何かをしようって、アイデアだけが先に浮かんでたんです。』

以前は「今新譜を作っても『Hallelujah』みたいになってしまう。」と口にしていた小林。しかし、昨年末に行われたライヴにて「TODAY」が初披露され、新譜の発表も近いのではと密かに話題となっていた。

ライヴを重ねることにバンドサウンドのスケールは拡大し、4人から叩き出される轟音に「ライヴハウスでは狭いのではないか」と思ってしまうほどの圧倒的パワーを見せつけてきた彼ら。新作ではこの期間より強固にさせたラウドな一面を焼き付けてくるのかと思いきや、今回発表された『TODAY』では、収録されている曲どれも穏やかなテンポでやさしく歌われ、4曲ともに静かな曲でまとめられていた。しかし想定外ではなかった。

『小林:あらゆるモチーフの中で、僕は”激しい情緒”よりも”静かな情緒”っていうのがモノづくりの原動にはなっているんだなって気づいたんです。』

元々、ザ・ノーベンバーズは初期の頃から、“静”と“動”の両極端を巧みに表現していた。

例えば「こわれる」や「黒い虹」をはじめ、重たくダークなビートと激しいノイズサウンドを駆使した“動”の一面は、昔から彼らのシンボルとして存在し、ザ・ノーベンバーズに漂うただならぬ緊張感をひしひしと感じさせてきた。

それと同時に、「Romancé」をはじめとした“静”を司る曲も非常に多く、特に、セカンドEP『Paraphilia』以降は先に“静”の一面が大きく開花されていったように思う。4人の楽器のアンサンブルからはじまり、シンセやエフェクト音を足し、管楽器やチェロなど他楽器のサウンドも取り入れたりと、無機質で素朴な静けさから、大自然の中で感じるような優雅な静けさへと進化していったのだ。

また、内省的で独りごとのような歌詞が、別の人間に届けるような愛が見られるようになったことも聴き心地の違いに影響しているだろう。彼らにとって“静”の一面は、なくてはならない存在だった。

この作品において“想定外”であり醍醐味なのは、耳あたりがとてもソフトなところだ。

エレキギターが鳴っているのに、まるでアコースティックギターを爪弾くような優しい耳あたり。ベースラインはバターが溶けていくようになめらかで甘い音を紡ぎ、やわらかく打ち込むドラミングは最小限のリズムで必要な音だけを添える。

「O Alquimista」は、2011年にYoutubeで公開された「アルケミスト」を再録しているが、原曲のエリオット・スミスのようなノスタルジックな雰囲気や鳴るものをそのままテープに焼き付けたアナログ感は、丸い音を並べてマイルドな空気感へシフトチェンジされていた。

今作では彼らの敬愛するラルク・アン・シエルのカバー「Cradle」も収録。

ライヴで幾度か披露され、彼らの特別な曲としても印象強いこの曲は、ベースの形は大きく崩さず、曲中で一番躍動感が見えるベースラインもそのままに、とてもくっきり浮かび上がっている。しかし、とても面白いのがベース以外が全てとても退廃的な音をしている。アナログテープで録ったかのような揺らぎや、フィルム映画を流す時のきしみに感じるようなレトロな空気を漂わせてる。原曲への愛が強く感じられる仕上がりになりつつ、「Cradle」の原曲と違う光を放っている。

最後を飾るのは作品名となっている「TODAY」。唯一リズムをはっきりと感じられる曲だが、けしてライヴでは見られないような音源だからこそ見られる絶妙な軽やかさや儚さが美しい。愛おしさが詰まった歌詞とあわせて、まるで愛しか存在しない夢の中に包まれたように思う。ゆるやかなグルーヴの上を、パーカッションの音が心音のように一定に紡がれ、とても心地よく響いている。

鳥の鳴き声や足音、風の音といった環境音で締めくくり、聴き終わる頃にはゆっくりと現実へ引き戻され、4曲20分の時間旅行を終える。

「みんな急いでる」を初めて聴いた時に、世界を変えてしまうんじゃないかと思った。

雨音のように甘く跳ねる水音からゆっくりと音が重なり広がっていくと同時に、考え事や無造作に入ってくる情報がひとつずつシャットダウンされていく。

心がゆっくりと深呼吸をはじめたころ、ようやく自分と音楽だけの世界にダイヴ。 語りかけるように小さく歌声を紡ぐ小林の声は、とてもやさしく慈愛に満ちていて、まるで自分だけのためだけに歌われているかのように錯覚する。

ふわりと叩くハイハット。ハープや管楽器のような“ギターらしくない”ギターアルペジオ、すべての土台を一人で担うベースライン。こんな音までも出せるのかという彼らの力量を感じる上、新鮮なアプローチで描くバンドアンサンブルはとても心地よい。特に、間奏後半部でトランペットのソロのように奏でるギターアルペジオと、なめらかに歌うようなベースラインが重なり合う場面はとても神秘的でドラマチックだ。

繰り返される「思い出せないくらいみんな急いでいる」という歌詞により、幾度と出会った忘れゆくものたちが、ぼんやりと浮かび上がってきたところで、自分が“急いでいる”のではないかと考え始める。

窮屈だった心身が自由になることで、失いたくない何かに気付く。余裕、美しいものへの憧憬、愛しい人のこと、好きだったもの。人によってきっと様々。それを思い出すことで、今のあなたの世界を変えることになるかもしれない。そんな可能性が、「みんな急いでる」には秘められている。

今作では、「ぶっ壊して新しいところへ行こうよ」という破壊衝動を見せるのではなく、「少し落ち着いてみようよ」とやさしく語りかけて、促すのだ。

『小林:「TODAY」や「Cradle」を収録したこのEPで、『Before Today』から一歩進んだ『TODAY』というものを表現できたらなって思いました。』

ザ・ノーベンバーズの過去と今を繋ぐ時間旅行。それがこの『TODAY』だ。

穏やかな曲にこそ、彼らの成長の過程が細かく反映されている。

幾度と作り上げてきた、澄んだきれいな音で飾るやさしい世界。それらをよりミニマムに、極限にまで付加を削ぎ落として、生身の身体から紡ぎ出される音のみを集約したからこそ、多様な音の巧みな使いこなしや、ひとつたりとも抜かりないデザイン性を味わうことができる。それこそ、彼らが過去から今にかけて学び、己のものとした個性へ繋がっている。

また、CDには、 ジャケットだけではわからないアートワークや仕掛けがあり、これがまた音楽と密接にリンクしている。眺めながら聴くと、ふと「こんなに高いところにいるのに、あなただけが見つけられない。」という歌詞が思い浮かぶ。こういった関わるものすべてもひっくるめて“作品”として仕上げてくるのも、ザ・ノーベンバーズらしい。

意図された仕掛けを考えながら聴くのも、この短い時間旅行の楽しみのひとつになるに違いない。(pikumin)

【Release】

『TODAY』
NOW ON SALE
レーベル: Hostess Entertainment