最終更新: 2025年7月18日

私にとってSkullcrusher(スカルクラッシャー)の音楽は、ずっとパーソナルな“避難所”だった。

2022年にリリースされたデビュー作『Quiet the Room』が描き出したのは、壊れそうなほど繊細で、それでいて確固たる芯を持つ音の世界。

その音楽に触れている間は、日常の喧騒から逃れ、自分だけの静かな部屋に籠ることが許されるような、そんな不思議な安心感があった。

だから、彼女が新作をリリースするというニュース、それもUKの名門インディーレーベル、Dirty Hitとの契約という驚きを伴って届けられた時、個人的な喜びと共に、ひとつの予感が胸をよぎった。

あの静寂の部屋から一歩踏み出し、彼女は我々をどこへ連れて行ってくれるのだろうか、と。(テキスト:Tomohiro Yabe)

Skullcrusher、静寂のその先へ

撮影: ADAM ALONZO

The 1975擁するDirty Hitとの電撃契約

Dirty Hitと聞いて、The 1975やbeabadoobee、Rina Sawayamaといった、ポップな輝きと時代性を兼ね備えたアーティストたちを思い浮かべる読者も多いだろう。

そんなレーベルが、Skullcrusherことヘレン・バレンタインと契約を交わしたという事実は、一見すると意外に思えるかもしれない。

しかし、これはレーベルが持つ審美眼の深さと、現代のリスナーが音楽に求めるものの変化を象徴しているように感じる。

キャッチーなフックやラウドなサウンドだけが心を掴むのではない。

むしろ、Skullcrusherが紡ぐような、深く内省的でパーソナルな響きこそが、情報過多の時代に渇望されているのだ。

この移籍は、彼女の音楽がより多くの“避難所”を求める人々の元へと届けられる、重要な一歩となるに違いない。

故郷で紡がれた“再生”の物語

3年ぶりとなるセカンド・アルバム『And Your Song is Like a Circle』は、彼女の人生における大きな変化の季節から生まれた。

10年近く拠点としたロサンゼルスを離れ、2022年の夏に故郷であるニューヨーク州ハドソン・バレーへと戻ったヘレン。

その後の孤独な時間の中で、彼女は「変化と喪失」というテーマと向き合い、今作を創り上げたという。

都会のスピードに疲れ、安息の地を求めるように故郷の風景に回帰する。

その物語は、多かれ少なかれ、私たち自身の人生の一ページと重なるのではないだろうか。

何かを失い、そしてまた新しい何かを見つけながら生きていく。

本作は、そんな心細い気持ちにそっと寄り添い、“再生”への道を照らし出す灯火のような作品だ。

ジブリ映画と呼吸をとらえた喉のマイク

Skullcrusher-And Your Song is Like a Circle

耳で“観る”ジブリ映画のような音楽

Skullcrusherの音楽を特徴づける幻想的な世界観。

その源流には、彼女が多大な影響を受けたと公言する宮崎駿の映画がある。

確かに、彼女の音楽に耳を澄ませば、そこにはまるでジブリ映画のような風景が広がっている。

例えるなら『もののけ姫』のシシ神の森を思わせる神聖な空気、『千と千尋の神隠し』で異世界に迷い込んだ時のような浮遊感。

グルーパーやジュリア・ホルターとも比較されるアンビエント・フォークの質感は、まさに耳で“観る”サウンドトラックだ。

夢と現実の境界線を曖昧にし、聴く者を音の物語へと深く引き込んでいく。

喉のマイクが捉えた“儚い”表現

今作で彼女は、サウンド面で新たな実験に挑んでいる。

その一つが、喉にコンタクトマイクを貼り付けてボーカルを録音するという試みだ。

これにより、普段なら聴こえないはずの微かな息遣いや喉の震えまでもが生々しく捉えられ、音楽の一部として溶け込んでいる。

ヘレンは「“声”は誰にでもある楽器であり、笑い、泣き、叫ぶ、さまざまな感情を表現できる。やがて消えていく、儚い存在でもあるんです」と語る。

この言葉通り、彼女は声の持つ最も原始的で、最もエモーショナルな部分を抽出しようとしている。

それは単なるテクニックではなく、人間の存在そのものの儚さと美しさを音に刻み込むための、誠実な表現なのだ。

先行シングル「Exhale」に聴く心の解放

未完成を受け入れる強さ

アルバムの扉を開ける先行シングル「Exhale」は、幻想的なシンセサイザーとストリングス、そしてヘレンの透き通るようなボーカルが静かに重なり合う、息を呑むほど美しい楽曲だ。

彼女はこの曲について「構成が固まって曲が進化する前に、そこで止めて未完成のままにしておきたいと思う部分があります。その代わりに、私は曲が形作ることを許し、それが何になろうとも受け入れます」とコメントしている。

完成を急ぐのではなく、未完成な状態を受け入れ、その自然な流れに身を任せる。

その姿勢は、まるで吸い込んだ息をゆっくりと吐き出すような、穏やかで力強い解放感に満ちている。

映像に映る“見えない感情の地層”

アダム・アロンゾと共に構想し、ニューヨークの実家で撮影されたミュージック・ビデオもまた、この曲の世界観を深く伝えてくれる。

母の家のキャビネットを塗り直し、皿を洗いながら歌詞を練る。

そんな何気ない日常の断片が、彼女の言う“見えない感情の地層”となって、音と映像の中に繊細に織り込まれていく。

それは、故郷という場所が持つ記憶、喪失の痛み、そして再生への静かな希望の表れだろう。

この映像を観ながら「Exhale」を聴くとき、私たちはヘレン・バレンタインという一人のアーティストの個人的な物語を通して、自分自身の心の奥底にある感情の層に触れることになる。

ぜひヘッドフォンで、ひとり静かになれる時間と場所を見つけ、呼吸を整えて、この音の世界に深く潜ってみてほしい。

Skullcrusherが用意してくれた新たな“避難所”は、以前よりも少しだけ広く、そして優しい光が差し込む場所になったようだ。

リリース情報

Skullcrusher-And Your Song is Like a Circle
アーティスト名:Skullcrusher(スカルクラッシャー)
タイトル:『And Your Song is Like a Circle』
発売日:2025年10月17日(金)
レーベル:Dirty Hit
トラックリスト:
1. March
2. Dragon
3. Living
4. Maelstrom
5. Changes
6. Periphery
7. Red Car
8. Exhale
9. Vessel
10. The Emptying
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ライター:Tomohiro Yabe(yabori)
Tomohiro Yabe
BELONG Media/A-indieの編集長。2010年からBELONGの前身となった音楽ブログ、“時代を超えたマスターピース”を執筆。

ASIAN KUNG-FU GENERATIONのボーカル・​後藤正文が主催する“only in dreams”で執筆後、音楽の専門学校でミュージックビジネスを専攻

これまでに10年以上、日本・海外の音楽の記事を執筆してきた。

過去にはアルバム10万タイトル以上を有する音楽CDレンタルショップでガレージロックやサイケデリックロック、日本のインディーロックを担当したことも。

それらの経験を活かし、“ルーツロック”をテーマとした音楽雑誌“BELONG Magazine”を26冊発行。

現在はWeb制作会社で学んだSEO対策を元に記事を執筆している。趣味は“開運!なんでも鑑定団”を鑑賞すること。

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Twitter:@boriboriyabori