最終更新: 2026年2月28日
『Marathon』全曲レビュー
まずはタイトル曲「Marathon」。歪んだエレキが張り詰めた曇天を描き、その下でぽつぽつと落ちるアコースティックの雨粒。一声で心を攫うボーカルが、日常の奥底に沈めていた感情を掘り起こす。
焦燥にも似た高揚は、続く「As the earth turns」でこの惑星の回転と静かに呼吸を合わせはじめる。
「Peacemaking」では歩くようなギターに導かれ、滲む決意が徐々に輪郭を帯びる。その歩みは切なさを抱えながらも、あくまで自分の道を行くものである。
「Safety」では祈りのような歌声に呼応するストリングスが心を震わせ、「Rare」では乾いた音と湿り気を帯びた響きが交差して物語を紡ぐ。まるで音そのものが呼吸をしているようだ。
「Port authority」ではグラスのように透き通ったリズム、水が弾ける気配などの能動的な音が連なって景色を描き、「The sound」ではただそこに漂う時間がゆったりと刻まれる。
その針の響きは退廃にもノスタルジーにも傾き、朽ちた廃墟が抱える時の流れそのもののような美しさを差し出してくる。
「Sabotage」では憂いを滲ませるサウンドの中、人の気配も歴史も薄れ、ただ自然が生む澄んだ空気のベッドの奥深くへと沈んでいく。重力や時間を失い、”名もない生き物”になって溶けていくようだ。
「June」で人間の体温を思い出し、「Night & Day」で失われていた時間感覚がゆっくりと戻る。穏やかな朝も心がざわめく夜も、人として生まれた以上、人として生きていくのだと静かに腑に落ちる。
そして「May this rain」。降り続けるリズムが心をやわらかく打ち、この場所に在るということ、音を全身で感じているという喜びが理由もなく滲み出してくる。
「Channels」では、過去も未来も、二度と会えぬ人もまだ見ぬ誰かも、全てが胸を一瞬で駆け抜ける。それは終わりを告げる走馬灯ではなく、始まりへと視界をひらく光のようだ。
ラストの「Miami」。揺れる心のようなリズムに乗って優しい歌声が静かに問いかける。困難を抱えながら回り続けるこの惑星の上で、もう一度、人として自分の足で立つのかどうかを。
警告を発する精霊
Maria BCはかつて、歌声を”警告を発する精霊”に例えたという。その声はどこかから”このままでは続けられない”と囁いているのだという。
人と自然を分かつ境界は、本作ではほとんど意味を持たない。目を背けない意志と、干渉を信じる気配が、音の中に静かに宿っている。
世界の縁から裸足の心へと打ち寄せる、どこまでも透明な音のさざ波。その波は、脆い地球の上で持続する無数の人生の気配と、どこかで静かに触れ合っている。
Maria BCアルバムリリース
3rdアルバム『Marathon』
発売日: 2026年2月27日
収録曲:
1. Marathon
2. As the earth turns
3. Peacemaking
4. Safety
5. Rare
6. Port authority
7. The sound
8. Sabotage
9. June
10. Night & day
11. May this rain
12. Channels
13. Miami
Amazonで見る
Maria BCアーティストプロフィール

Maria BCはアメリカ出身のシンガーソングライター、マルチインストゥルメンタリストである。フォーク、アンビエント、エレクトロニカの要素を融合させた独自のサウンドで注目を集め、繊細で透明感のあるヴォーカルと実験的なプロダクションが特徴だ。2022年にデビューアルバム『Hyaline』をリリースし、2023年には2ndアルバム『Spike Field』をSacred Bonesから発表。同作は呼吸のように長く続く一つの流れを持つ作品として評価された。アメリカ西海岸を拠点に活動し、環境問題や個人の葛藤といったテーマを音楽を通じて探求している。2026年2月27日に3rdアルバム『Marathon』をリリース予定で、より動的で多様なサウンドへと進化を遂げている。
ライター:Wakiki(わきき)

コーヒーとタバコと音楽が好きなベイスターズファン。三重県在住。今まで執筆した記事はこちら











