最終更新: 2024年3月17日

かつてアート・ロック・バンド、Fensterのメンバーとして活動していたニューヨーク出身のJJ Weihlによるエクスペリメンタル・ポップ・プロジェクト、Discovery Zone(ディスカバリー・ゾーン)。

その活動のはじまりは、ミュージシャンとマルチメディア・アーティストの2軸で音楽を作るだけでなく、ビジュアルや文章、コンセプチュアル・アートの実践を探求するというものだったという。

本日リリースの新作アルバム『Quantum Web』も、その規範に基づいて独自の芸術を爆発させ、コンセプチュアルな内容となっている。
※なお、リリースの収益の一部は国境なき医師団に寄付されることが発表されている。

今回は、ディスコグラフィーだけでは把握しきれないDiscovery Zoneというプロジェクトについてや気になるマルチメディア・アーティストとは? そして2010年代初頭から2023年年末まで拠点としていたベルリンでの暮らしについても語ってもらった超ロングインタビューとなっている。

彼女の熱心な回答に感謝しつつも、あまりに自分がいかに無知であるかを思い知らされた。
音楽を通じて、知ることや学ぶことはあまりにも多すぎるーー。

Discovery Zone インタビュー


アーティスト:J・J・ウィール インタビュアー:滝田 優樹 翻訳:BELONG編集部

ニューヨークとベルリンの音楽的な違いと移住の理由

ニューヨーク・マンハッタン
-私たちはアーティストのルーツや音楽が生まれた背景、そして影響を受けた音楽・文化・芸術を大切にしているメディアです。今回私たちとははじめてのインタビューなのでそちらから質問させてください。 あなたはニューヨーク生まれで、現在はベルリンを拠点に活動されていますよね?まずはニューヨークではどのような暮らしをしていて、そこからベルリンに拠点を移した理由から教えてください。
J・J・ウィール:実はつい最近、2023年の12月にニューヨークに戻ったばかりなんです!

でも、まずはじめに…。
私はマンハッタンで生まれ育ち、ニューヨークで育つのが大好きでした。子供の頃はダンサーで、その後ラガーディアという公立の芸術高校で演劇を学びました。多くの時間を読書や執筆に費やし、友人と街を歩き回りました。ティーンエイジャーの頃は音楽に夢中で、ライヴにもよく行きました。その頃からギターを弾くようになり、曲も書くようになったのですが、寝室でしか弾くことがなかったんです。政治的な活動にも熱心で、学校での抗議行動を組織するための会合にもたくさん参加しました。成長するには素晴らしく、本当に強烈な場所でした。世界の全てがここにあるような気がしたんです。

18歳のときにバーモントの山の中にある小さな町の大学に留学し、卒業後すぐにベルリンに移りました。だから、ここニューヨークに戻ることは私にとって大きなことだったんです。ブルックリンには20代前半に短期間住んだことがあります。いくつかの仕事を掛け持ちしていましたが、あまり幸せではありませんでした。ある仕事はイーストビレッジのパン屋で、そこに行くには本当に早起きしなければなりませんでした。もうひとつは政党の仕事で、人々に選挙登録をしてもらう仕事でした。一軒一軒訪ね歩かなければならず、見知らぬ人の家で政治の話をしたりと、奇妙な交流がたくさんありました。 また、映画会社でインターンシップもしていました。私は大学で映画とメディア文化を学び、ドキュメンタリーや実験映画を作りたいと思っていました。

それからベルリンに移り住み、2人の少女のベビーシッターとして働いていました。そこで2人の女性と出会い、Videokillsという映像アート集団を立ち上げました。毎月、ギャラリーで上映会や展覧会を開いたり、パーティーを開いたり、自分たちで映像アートのフェスティバルを始めたりもした。地元のバンドがそれぞれの映像に曲をつけ、ライブで演奏する国際的なフェスティバルになりました。

ベルリンに住んでいた初めの頃、ジョナサン・ジャージナと出会い、Fensterというバンドを始めました。レコードを作ってツアーするバンドになるとは思ってもみないことで、私の人生において、本当に大きな筋書きでした。

ベルリンの音楽的な土壌と環境

ドイツ・ベルリン
-安易な推測になりますが、ベルリンというとKraftwerkのことが真っ先に浮かびました。 あなたがやられている音楽を聴いてみると、彼らの音楽からの影響も感じたのですが、Kraftwerkの音楽やドイツ特有の音楽、特にクラウトロックといった音楽的な土壌がベルリンに拠点を移した理由にあるのでしょうか。また、実際にベルリンで活動されてみて音楽的な環境としてはどうですか? 私がインタビューをしたことのある日本のアーティストも現在ベルリンで暮らしていて、その方は「街全体が音楽を受け入れています。カフェで音楽を作っていたり、会話になるとミュージシャンなの?と声をすぐにかけてきてくれるし、そこから出会いやクリエイティブのタネが浮かんできたりします。お金や仕事とは関係なしにここではそうやって健康的に人と人がつながっていきます」と言っていました。
私はKraftwerkをはじめ、多くのドイツのエレクトロ・アーティストが大好きです。Neu!やCan、ホルガー・チュカイやイルミン・シュミットのソロ・プロジェクトも大好きです。Deutsche Wertarbeit、Manuel Göttsching、Harmonia、Deuterも大好きです。アンドレアス・ドラウのファンでもあり、彼の最新アルバムでバッキング・ヴォーカルとシンセを担当することになりました。でも、どのアーティストもベルリンとは無縁なんです。彼らは皆、ドイツのさまざまな地域から来ています。

私は音楽シーンのためにベルリンに移ったわけではまったくないんです。ドイツのパスポートを持っているし、プラハで1学期間映画を勉強した後、ひと夏ベルリンに住んだら、この街が大好きになっただけなんです。でも、本当に素敵な音楽シーンを見つけたのは間違いないことです。ベルリンといえばテクノが有名で、誰もがDJになろうとしていて、ギターバンドやポップスの存在感はかなり希薄です。でも、そのおかげでシーンはかなり緊密でチルでいて、ショーに出始めるのも簡単でした。本当に “成功 “してバンドで演奏したり、キャリアを積んだりしたい人たちは、ロンドンやロサンゼルス、パリやニューヨークに移住するのが一般的です。ベルリンに移住するのはパーティーのため。あるいは姿を消すために。そういう意味ではちょっと不気味だけど、実験的で期待値の低いミクロな風土が生まれ、それが良くも悪くも醸成されています。ベルリンは、時間をかけていろいろなことを試す自由を与えてくれます。

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    FensterからDiscovery Zoneへ

    Fenster
    -かつてはアート・ロック・バンド、Fensterでも活動されていましたね。そこからエクスペリメンタル・ポップ・プロジェクトとしてDiscovery Zoneとして活動を始められた理由はなんですか?(実は私はFensterのファンでもありました)
    Fensterのファンだったなんて素敵ですね :)) そうそう、ベルリンに引っ越してきたばかりの頃にジョニーと知り合って、すぐに一緒に音楽を演奏したり曲を作り始めました。それまでは誰とも一緒に音楽を作ったことがなかったんです。Fensterを始めたのは、基本的にツアーを始めるためでした。一緒に曲を書いて、私は独学でベースを弾きながら、ギャラリーや会場、パーティーなど、ベルリン近郊でできる限りのライヴをやり始めたんです。地下の練習スペースでプロデューサーの友人とデモを録音して、数ヵ月後にはMorr musicと契約して、2012年に最初のレコードをリリースしたんです。結局、4枚のレコードと長編映画を制作し、2012年から2018年にかけて多くのツアーを行いました。

    その後、バンドの全員がソロ・プロジェクトを始め、そこからDiscovery Zoneが始まりました。私は独学で制作を学び、エレクトロ・ミュージックの制作や曲作りにもっと没頭したかったんです。2018年の夏からスタジオによく通うようになり、ヤマハのRx11ドラムマシン、古い80年代のオルガン、エレキギターとベースを使って実験的なレコーディングを始めたんです。いくつかのデモを作りましたが、それが最終的に私の最初のレコード『Remote Control』となり、2020年にMansions and Millionsからリリースされました。

    Discovery Zoneという名前の意味

    Discovery Zone(娯楽施設チェーン店)
    -”Discovery Zone”という名前は娯楽施設チェーンにちなんで命名したそうですね。プロジェクトを始めるにあたって本名のJJ Weihlではなく、”Discovery Zone”という名前を冠した理由はなんでしょうか。
    プロジェクトの名前が人格ではなく空間にちなんでいるというアイデアが気に入ったんです。レコーディングを独学している間は、スタジオで期待も目標もない実験をしているような気分でした。

    子供の頃、Discovery Zoneというカラフルな子供向け娯楽施設によく行っていました。プラスチックで閉ざされた空間ですけど、皮肉なことにそこでは本当に自由を感じてていた。私は、人工的な風景が無限の扉を開いてくれるというアイデアが好きです。また、私が愛し、作る音楽のほとんどは、どんな子供でも夢中になれるシンプルなメロディック・ポップだと思います。そういう意味で音楽を親しみやすいものにしたいし、企業文化や広告、テクノロジーについての対話を生み出す場としても使いたいと思います。だからDiscovery Zoneは ハイパースペースとして作られたんです。

    影響を受けたアルバム

    -あなたの音楽に影響を与えたアルバム3枚をあげるとしたら、どのアーティストのどのアルバムですか? また1枚ずつ、どのような部分に影響を受けたかやエピソードについても教えてください。

    Art of Noise - Who's Afraid of the Art of Noise 1984
    1) Art of Noise – Who’s Afraid of the Art of Noise 1984
    私はArt of Noiseを聴いて育ちました。ダンスの先生が即興演奏の時によくかけてくれたんです。特にドラムのエレメントとヴォーカル・パッドが大好きなんです。レコードの冒頭から、新しい種類の音楽が作られているのがわかります。ある時はとても厳しく、インダストリアルでシンセティックで、ある時はとても暖かくドリーミー。とても映画的です。「Moments in Love」は、私が昔から好きな曲のひとつです。とてもシンプルかつ反復的で催眠的でもあります。ミックスのミニマルでクリアな感じが好きで、とてもスペースがあります。でも、私がこの曲で一番好きなのは、すぐに別の世界に連れて行ってくれるところだと思う。何か別世界のようです。「Beat Box (Diversion 1)」はとても遊び心があって、彼らの音楽世界はまだ現代的で新鮮に感じられます。このアルバムには、奇妙で小さなアイデアやジョークがたくさん盛り込まれています。


    2) ローリー・アンダーソン『Home of the Brave』(1986年コンサート映画)
    これは学術的なコンサート映画であり、アルバムでもあります。私がローリー・アンダーソンに影響を受けたのは、音楽的というよりも概念的なものです。彼女が分野を超えて活動し、大きなアイデアや物語を作品に織り込んでいくやり方が好きなんです。彼女はこの作品で、プロジェクション、セットデザイン、照明、衣装、手の込んだオーケストレーションや動きを駆使しています。特に、バイナリコードと言語を“ウイルス”として語る部分が好きです。パワーポイントのプレゼンテーションとライブ・コンサートをミックスしたような感じです。
    すべてがつながっていく様子は夢のように感じます。このような形式は、まだ多くの人が探求していないもので、とても刺激的です。マルチメディア・パフォーマンス“Cybernetica”を作っているときも、大きなインスピレーションを受けました。自分を制限しないことを思い出させてくれます。私がこれまでしてきたこと、作ってきたことは、すべて頭の中のアイデアから始まりました。ローリー・アンダーソンの作品は、そのアイデアを可能な限り追いかけ、そして着地点を見ることを思い出させてくれます。

    マドンナ 『True Blue』
    3) マドンナ 『True Blue』(1986)
    私はマドンナを聴いて育ちました。『Bedtime Stories』、『Like a Prayer』、『Ray of Light』も大好きですが、『True Blue』を選んだのは、このアルバムのプロダクション・スタイルと音世界が、私に最も影響を与えたと思うからです。
    特に 「Live to Tell」という曲は、(無意識的にせよ)私に最も影響を与えたと思うからです。この曲とアレンジには、完璧なポップ・ソングに限りなく近いものを感じます。この曲には、時代を超越した何かがあり、映画のように心を揺さぶるものでもあります。私は常に、完全に普遍的で、同時にとてもパーソナルだと感じられるポップソングを作ろうと努力していると思います。マドンナはカメレオンのように10年ごとにその美学を変えていくけれど、彼女が持っている本質的な資質、彼女がいる時代を表現することに私はインスピレーションを感じます。彼女は器のような存在です。そして、それこそが優れたポップミュージックの力だと思う。ある時代の音楽の音のスナップショット。
    時代を超越した音楽でもあります。

    メディア・アーティストと“Cybernetica”

    -あなたはマルチメディア・アーティストとしての顔も持っていますね。特に日本ではメディア・アーティストといった言葉に馴染みがなく、それがどういったものなのか。そしてメディア・アーティストとしてあなたが活動されている詳しい内容を教えてもらえますか?マルチメディア・パフォーマンス“Cybernetica”のことも日本のリスナーに知って欲しいと思っています。
    Discovery Zoneは、音楽を作るだけでなく、ビジュアルや文章、コンセプチュアル・アートの実践を探求できるスペースにしたいと当初から思っていました。私のライブでは、3Dビジュアルを投影し、スクリーンの後ろに立って、半仮想的な環境を作り出します。また、ミュージック・ビデオや楽曲に付随するプロダクトを制作するのも好きで、これは私が探求したいと思っているアイデアやテーマを説明し、命を吹き込むのに役立っています。一度、友人のサム・ポッターとのコラボレーションで、“WeDream”という製品を作ったことがあります。これは、人々が匿名で夢を送ってきて、それをアルゴリズムに通し、私たちが送った実際の夢のデータセットをもとに人工的な夢を生成するというものです。そして、その人工的な夢をビルの側面に投影し、その展覧会は “The Infinite Dream Scroll”と名付けました。

    “Cybernetica”では、友人のデイブ・ビドル、別名リンダ・フォックスと共作したパフォーマンス作品を制作しました。パフォーマンスでは、私がウェブサイト上のボックスを誤ってクリックしてしまい、過去から現在、そして未来に至るまですべてのデータを収集されることに同意してしまう映像が流れるところから始まります。実にメタで個人的なプロセスでした。ショーの制作過程(私の実生活)で、私は私立探偵を雇い、実際のデータをすべて収集し、それをパフォーマンスに統合しました。ビデオ・プロジェクションを使い、オリジナル・スコアをライブで演奏しています。私は学術的メディアというジャンルをもっと探求し、製品、パワーポイント、音楽、映像、そして進化するテクノロジーを統合した作品を作りたいと思っています。

    Pop-Kultur 2021 | Commissioned Work Documentary

    音楽活動と医療人道支援の関係と意義


    -これからリリースされるアルバム『Quantum Web』は、リリースの収益の一部を国境なき医師団に寄付することが発表されていますね。あなたにとって音楽活動はこういった医療人道支援を行うための手段だったりしますか? それとも音楽活動を行ってきたからこそ見出した社会貢献なのでしょうか。音楽という創作活動を行ううえでのモチベーションや創作意義といった視点で回答いただけると嬉しいです。
    私は最近RVNG Intl.と契約したのですが、このレーベルを主宰するマット・ワース氏は、“Come! Mend!”を通じて、アーティストがレコード売上の一部を慈善団体に寄付することを促進してきた長い歴史を持っています。本当に心に響きました。私たちはみんなつながっていて、アートや音楽はバブルの中に存在すべきではないと思う。2023年10月以来、ソーシャルメディア上で大虐殺がリアルタイムで繰り広げられるのを目の当たりにし、毎日、理解できないほど死に、苦しんでいる人々を目の当たりにし、無力感を感じている中、私は国境なき医師団(Médecins Sans Frontières)に寄付することを決めました。彼らは、戦争の恐怖を目の当たりにし、世界中で、特にガザで、想像を絶する状況で生活している数え切れないほどの犠牲者をケアしながら、恒久的な停戦を支持することを声高に訴えてきたからです。

    Quantum Webについて

    『Quantum Web』のサウンドとコンセプト

    -ここからは最新作『Quantum Web』の内容について、教えてください。 サウンド全体の雰囲気としてはクラシカルな佇まいとなっていてPrefab Sproutでいうところの『Swoon』を彷彿とさせる場面もありながらもシンセやエレクトロが前傾化させてエクスペリメンタルな要素もたっぷりで唯一無二な作品であるという印象を受けました。つまりポストモダン的なアルバムであると思いました。これにはあなたがマルチメディア・アーティストとして活動されていることも大きな要因ではないかと思うのですが、いかがでしょうか。『Quantum Web』というアルバムを制作されるうえでのテーマやコンセプトがあれば教えてください。
    本当に丁寧で的確な表現だと思います!音楽とプロダクションは、80年代、90年代、2000年代、そして現在とそれ以降の楽器編成と美学を取り入れ、数十年に渡って制作されています。私の意図は常に、私が蓄積してきたさまざまな影響をすべてフィルターにかけて、どんな時代も超越したものにすることです。このアルバムにはたくさんのサンプリングが使われています。私のヴォーカル、さまざまな楽器、『Remote Control』に収録されている古い曲のちょっとした断片がエミュレーターで処理され、統合され、再コンテクスト化されたり、絵を描くための音のパレットとして使われたりしています。曲作りのプロセスやスタジオでの時間は、瞑想的なエネルギーと混沌としたエネルギーの間で揺れ動いています。自然発生的な事故やエラーの余地を常に残しておくことが重要だと思います。制限は、私にとって芸術的にもスタイル的にも本当に重要なことです。私は、深く付き合う機材をいくつか選ぶのが好きなんです。このアルバムでは、Tritonワークステーションをよく使いました。シンセティックな冷たい音も好きだし、暖かいアナログの音も好きです。マルチメディアの側面については、その通りだと思います。私が意図しているのは、音とイメージと文章からなる宇宙全体を作り出し、ホログラフィックな感情の投影を作り出すことです。”Quantum Web”は、私たちが住む現実の根底にあります、あらゆるものの間の本質的な相互接続性についてのもので、それが分離の幻想を生み出しています。私の願いは、人々に何かを感じてもらい、私たちが作り出し、またそこから逃れようとしているサイバネティック・ループの中で、私たち自身とお互いに何をしているのかという疑問を投げかけることです。

    前作『Remote Control』では、私たちが作り出し、ますます絡め取られていくテクノロジーの中で、人間であることが何を意味するのかというテーマを探求し始めました。物質は、一方では私たちに自由を与え、他方ではそれに依存します。私たちはコントロールできているのだろうか、それとも完全に失っているのだろうか?

    網を見ると、どこからどこまでが網で、どこからどこまでが網なのかわかりません。

    フィクションは、私たちの現実が構築されている目に見えない建築物に溶け込む方法をもっています。“サイバースペース”というSF作家の造語は、今や私たちが住む非物質的な宇宙の形をしています。非物質的なアイデアの力こそが、実は私たちの現実を構成しているのです。玉虫色で目に見えないウェブそのものに光を当てることで、おそらく私たちは、私たちが一緒にそれを作っているのだということを理解し始めることができるでしょう。

    Discovery Zone – Dance II (Official Video)

    “E.T.”との共同プロデュースについて

    -アルバムクレジットには“E.T.”の名前がありました。“E.T.”との共同プロデュースはどのようなアイデアや会話をもって進められたのでしょうか。“E.T.”という人物についても教えてください。
    E.T.とは何年も前に、彼がFensterに加わって何度かライブをやったときに知り合いました。みんな仲良くなって、彼はFensterの3枚目のアルバム『Emocean』のプロデュースをすることになったんです。
    後に 『Remote Control』となる曲を作り始めた当初は、プロデュースもミックスもすべて自分でやりたいと思っていました。でも、デモ・レコーディングからさらに進化して別のレベルに到達したければ、プロデューサーとコラボする必要があることにすぐに気づきました。E.T.にアルバム制作を依頼したとき、私たちはまず「Fall Apart」という曲から始めました。どのようにアプローチすればいいのか、少し時間がかかりました。最初は少し混乱して迷っていたけれど、最終的には一緒に音の世界やアレンジを探求して、とても楽しい時間を過ごすことができました。彼と一緒に仕事をするのが好きなのは、とても率直で正直で(彼はフランス人)、でも威圧的ではないからです。彼は私のビジョンを尊重してくれるし、本当に良い補完的なアイデアや有益なフィードバックを持っています。私は長い時間をかけてクリエイティブな関係を築くのが好きです。芸術的なビジョンやプロセスを共有しながら、一緒に笑い、楽しむことができる人はめったにいないです。

    ヴォーカルアレンジとAIの関係

    -ヴォーカル面でいうとA.I.の音声合成やスタッカート・サンプルのアレンジなども今作のシグネイチャーです。これらは『Quantum Web』という作品の語り部があなた自身のほかに人工知能であることも示唆しています。つまり、「Pair A Dice」の歌詞にあるところの”Somebody else’s dream”。”この世界は誰かの夢のなか”という解釈に基づいて、施されたヴォーカルアレンジなのでしょうか。ヴォーカルアレンジ面であなたが意識されたことや上記アレンジのアイディアの源があれば教えてください。
    幼い頃にArt of Noiseに出会って以来、合成された“人の声”の音に魅了され、夢中になりました。
    合成音声を聴く“不気味な谷の体験”は、人間とポスト人間の両方を映し出す不気味な鏡を作り出します。私は、新旧両方のシンセサイザーで人間の声の音を集め、サンプリングするのが好きです。
    レコーディングやライブでボコーダーを使うのが好きなのもそのためです。人間の声をリアルタイムで処理する機械が、私と私自身の間にレイヤーを作ってくれるんです。 レコーディングの過程では、E.T.のEmu Emaxサンプラーを使って、私の声や他の楽器をサンプリングすることがよくありました。

    “語り部”という問題提起がいいですね。音楽制作は極めて個人的なものですが、同時に、フィクション、ノンフィクション、抽象、広告、そしてその間にあるあらゆるものを含むグレーゾーンを拡散させる多くのスペースを与えてくれます。数年後まで理解できない歌詞を書くこともあります。その瞬間には見えないかもしれないけれど、何かを感じているんです。

    「Pair A Dice」は、もともと“Cybernetica”の一部として書いた曲です。あの作品では、私は自分自身のデータで構成された仮想現実に閉じ込められていました。ある意味、それは私の実際の生活とさほど変わらないようにさえ思えます。私たちが作り出したこの人工的な世界に留まることの代償は大きすぎると感じることが多いのですが、完全に姿を消す以外に本当の意味での逃げ場はないです。どの方向に行っても、同じ現実への別の罠の扉なのです。
    私はまた、私たちはシミュレーションの中で生きているのだという考えも持ちたいと思います。テクノロジーはどこにでもあり、“自然界”を覆い隠しています。しかし、このような考え方は、私たち自身を映し出す鏡として機能することがほとんどであり、願わくば、私たちがせっせと作り出しているディストピアから抜け出す道を見つけたいと思います。

    Discovery Zone – Pair A Dice (Official Video)

    レコーディングの過程とエピソード

    -レコーディング自体は自宅のロフトとNY、そしてベルリンで行われたそうですね。今作はライヴパフォーマンスでの演奏は想定して作られたり、デモ音源を演奏してブラッシュアップしてアレンジを加えながら作られたよりは、レコーディング段階ですでに完成されたものを録音していった印象を受けましたが、いかがでしょうか。逆にレコーディングでアルバムというフォーマットにまとめ上げていく過程で変化を加えたことやエピソードがあれば教えてください。
    2021年から2023年にかけての曲は、ほとんど自宅かベルリンのスタジオで書きました。後の曲のいくつかは、2022年と2023年の1月に家族に会いに戻ってきたときにニューヨークで書いたり作業したりしました。私の曲作りのプロセスはかなり親密で孤独です。アイデアやパートを提供するために友人を招いたり、プロセスの後半で意見をもらうこともありますが、コード進行やヴォーカル・メロディを思いつく創作の瞬間そのものは、いつも自分ひとりでやっています。
    「Pair A Dice」「Mall of Luv」「Ur Eyes」「Keep it Lite」は、もともと2021年の“Cybernetica”のために書かれた曲だったんですけど、制作の過程ですべてリミックスされ、多くの要素を再レコーディングしました。残りの曲は、ツアーや他のプロジェクトの合間を縫って、2022年から2023年にかけて書き、制作しました。2023年6月末にようやくレコードが完成しました。

    ブレークスルーを感じさせる楽曲

    -今作『Quantum Web』におけるブレイクスルーもしくは最も変化や進化を感じさせる楽曲はどれですか?
    いい質問ですね。私は「Ur Eyes」という曲とその出来上がりをとても誇りに思っています。ある晩、一人で歩いて家に帰ったときに書いたんですけど、空を見て、自分の家に戻ってから座って、ただコード進行を弾いていたのを覚えています。最近、オリジナルのデモを聴き返してみたんだけど、なんだか呪われたような感じがするんです。“Cybernetica”の一部としてこの曲を演奏した後、E.T.のところに持っていって、オリジナルのヴォコーダー・パートを再レコーディングし、シンセの要素やアレンジにも手を入れたんです。ある日の午後、友人のマグナス・バン=オルセン(ゼンメン)が来てくれて、シンセとギターとベースを演奏してくれたんです。

    「FYI」はこのアルバムの中で最も “モダン “な曲だと思います。この曲ではTriton(シンセサイザー)を探求し、ヴォーカルのハード・チューンも今までにない方法で試すことができて、本当に楽しかったです。よりモダンな美学を開拓することができたので、もっと遊んでみたいと思います。

    Topsのジェーン・ペニーの参加と天使のアバター

    -「All Dressed Up With Nowhere To Go」ではTopsのジェーン・ペニーも参加していますね。そちらの経緯やMVで印象的だった天使のアバターが仮想世界を探検しているといったアイデアについても詳しく教えてください。
    はい!ジェーンと私は、ベルリンに住んでいた数年前から友達になりました。私は2022年にTopsのオープニングで何度かライヴに出演し、ジェーンがライヴでフルートを演奏するのを見るのが大好きでした。「All Dressed Up With Nowhere to Go」のデモを最初に作ったとき、フルートのVST(作曲ソフトのプラグイン形式のこと)を使ったんですけど、本物をレコーディングできたら最高だと思ったんです。それでジェーンにスタジオに来ないかって誘ったんです。彼女は本当に早くて即興演奏が得意だから、来てくれて数時間ですべてをレコーディングしてくれました。彼女はこのアルバムの別の曲、「Operating System」でもフルートを吹いています。

    「All Dressed Up With Nowhere to Go」のビデオは、仮想世界での天使のアバターを描いています。彼女は映像の中で炎の門に出くわし、そのまま “現実”の地上の庭へと導かれます。仮想世界はゲームに似ているかもしれませんが、ゲームそのものをプレイする以外に目的はないです。
    セカンドライフ(このアバターが存在する実際の仮想プラットフォームの名前であります)のようなゲームを説明することは、“現実世界”を説明することになりかねないです。天使とアバターは、具現化されていないが人間の姿に似ているという点で、多くの類似点があります。神学では、天使はしばしば“知性”や“メッセンジャー”と表現され、物理的な形を超越しています。
    バーチャルな領域は、”物質的現実 “の外に存在する精霊の領域と多くの類似性を持っています。だから私は、非物質的な庭と物質的な庭の両方を行き来します、具現化するのにふさわしいアバターだと考えました。天使のアバターと天使のコスチュームを着た人間が、それぞれの姿を超越しようとして、どうにかお互いを模倣しています。神学で語られる天国の庭は、コードから作られた庭へと溶けていく。どちらもメッセンジャーが住んでおり、楽園に閉じ込められています。

    Discovery Zone – All Dressed Up With Nowhere to Go (Official Video)

    おすすめの聴き方と伝えたいメッセージ

    -今作をどのような人もしくはどのようなシチュエーションで聴いてもらいたいですか?もしくは今作を通してあなたが伝えたいことがあれば教えてください。
    音楽はプレイリストで聴くのが主流という現実がありますよね。『Quantum Web』は、フルアルバムとして聴いてもらえるように作りました。
    小分けにされる前に(少なくとも一度は)全体を聴いてもらいたいと思います。でももちろん、それはリスナーに任せています!
    いったん世に出れば、私はコントロールを手放し、もはや私のものではなくなります。友人や見知らぬ人から、どうやってその音楽を知ったのか、どこで聴いてどう感じたのか、メッセージをもらうのが大好きです。私にとってこれは最高の贈り物です。

    日本のリスナーへのメッセージ

    -最後に日本のリスナーにメッセージをお願いします。(いつかあなたのパフォーマンスを日本で見られることを楽しみにしています!)
    私はまだ日本に行ったことがありません!いつか近いうちに、日本を訪れて探検したいと思っています。日本での公演もぜひやってみたい。夢のようです。

    Discovery Zoneアルバムリリース

    2ndアルバム『Quantum Web』


    発売日: 2024年3月8日
    収録曲:
    01. Supernatural
    02. Pair A Dice
    03. Ur Eyes
    04. FYI
    05. Qubit Lite
    06. Test
    07. Out
    08. Operating System
    09. Mall Of Luv
    10. Kite
    11. All Dressed Up With Nowhere to Go
    12. Undressed
    13. Qubit QT
    14. Keep It Lite
    15. Xrystal
    フォーマット:Mp3、CD、アナログ
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    Discovery Zoneプロフィール

    撮影:Neelam Khan Vela

    “2010年代初頭に生まれ故郷のニューヨークからベルリンに移り住んだソングライター、ヴォーカリスト、マルチ・インストゥルメンタリストのJJは、2020年に『Discovery Zone with Remote Control』を発表する前に、愛すべきアート・ロック・バンド、FensterのメンバーとしてMorr Musicなどから4枚のアルバムを発表し、音楽活動を発展させた。JJはDiscovery Zoneを、迷路やクライミング・ストラクチャーで埋め尽くされた屋内型の青少年向け娯楽施設チェーンにちなんで命名した。この施設は商業主義から生まれたもので、彼女は「見栄を張った檻」と表現しているが、それでも彼女や他の何百万人もの子供たちに探検する自由を提供していた。Discovery Zoneの音楽は、必然的な企業による社会的統制という認識と戯れながら、制度的な出所を曖昧にする音に独自の力と解放を見出している。”

    引用元:Discovery Zone(ディスカバリー・ゾーン)プロフィール(PLANCHA)

    ライター:滝田優樹

    1991年生まれ、北海道苫小牧市出身のフリーライター。TEAM NACSと同じ大学を卒業した後、音楽の専門学校へ入学しライターコースを専攻。

    そこで3冊もの音楽フリーペーパーを制作し、アーティストへのインタビューから編集までを行う。

    その経歴を活かしてフリーペーパーとWeb媒体を持つクロス音楽メディア会社に就職、そこではレビュー記事執筆と編集、営業を経験。

    退職後は某大型レコードショップ店員へと転職して、自社媒体でのディスクレビュー記事も執筆する。

    それをきっかけにフリーランスの音楽ライターとしての活動を開始。現在は、地元苫小牧での野外音楽フェス開催を夢みるサラリーマン兼音楽ライター。

    猫と映画鑑賞、読書を好む。小松菜奈とカレー&ビリヤニ探訪はライフスタイル。

    Twitter:@takita_funky
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