最終更新: 2026年6月7日

“死んでも一生”。

自分の周囲にあるあらゆるものが、いずれ確実な死を迎えるという運命。

それをふと思い出すだけで、服の襟元と首筋の間にひやりとした微風が吹き抜ける。

東京を拠点に活動する24歳の日本人ミュージシャン、野口文。

2020年から音楽プロジェクト、C子あまねに所属していた彼は、2023年に“野口文”名義でのソロプロジェクトを始動させた。

ソロとしてのこの3年間で、彼は3枚のアルバムを世に送り出している。

2023年の『botto』、2025年2月の『藤子』、そして本年2026年5月にリリースされた最新作『死んでも一生』である。

彼の作品は、多種多様な音楽ジャンルから異なる要素や手触りを引き出し、即興性と身体的な感覚に重きを置いていることで知られている。

その特異な才能は、音楽家から確かな評価を獲得し、国内のアワードへのノミネートにも至った。

死の中に宿る命『死んでも一生』が問いかけるもの

『死んでも一生』
野口文の最新作ではこう掲げられている。“死んでも一生(死んだとしても、永遠に生きる)”と。

死の中にすら、命は存在し得るのだろうか。

一見矛盾しているかに思えるその言葉の中に、何らかの真理を見出すことはできるのだろうか。

私たち自身の思い出を重ねること、それは生活の大部分を占めている。

だが、思い出とは本質的に不完全なものだ。

思い出すという行為は、時と共にピントがぼやけていく写真を頼りに、一枚の絵を描き上げようとする作業に似ている。

それゆえ、時の流れの中にいる私たちの存在は、優しく、抽象的で、そして気まぐれなものとして映る。

その3つの言葉こそ、私が『死んでも一生』という作品を形容するのに用いたい言葉だ。

ざらつきと安らぎが共存するサウンド

ローファイなサンプル音源、ストリングス、そして管楽器。各トラックの予期せぬポイントで現れるこれらの要素を駆使することで、野口文はざらつきを持った独自の音響世界を創り出している。

インダストリアル、ジャズ、さらにはヨーロッパのクラシック音楽などの要素を取り込みながらも、そのどれか一つのスタイルに完全に傾倒することはない。

それはまるで、喉の奥まで出かかっているのにどうしても曲名が思い出せないメロディを反芻するような、もどかしくもノスタルジックな感覚に近い。

こうした音楽の骨格は、初めのうちは聴き手に居心地の悪さを感じさせるかもしれない。

だが、耳がその音の緊張を解きほぐし、次第に馴染んでいくにつれ、そこには確かな安らぎが見出される。

それは波立つ水面に仰向けで浮かび、身を委ねているような感覚。あるいは、自分が今、夢の中にいるのだとふと自覚するような感覚だ。

その夢幻の境地が確立されたとき、野口文はこの作品を通して私たちを穏やかな旅へと連れ出す。

親密さを帯びたボーカル(Vo.)のパフォーマンスと、アルバム全体において同等に重要な意味を持つインストゥルメンタル・トラックとを、美しく交錯させながら。

脆さを曝け出す、大胆なプロダクション

この幽玄な楽器へのアプローチは、アーティストの背後にいるひとりの人間の脆さを、その身の内を明かしているように私には思える。

彼が自身の人格のそのような側面を曝け出すことも、このプロダクションスタイルに身を委ねることも、どちらも非常に大胆な決断であり、私はそこに多大なる敬意を抱かずにはいられない。

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