最終更新: 2022年1月23日


『Insignificance』以来約14年ぶり、日本に移住して初のジム・オルーク(Jim O’Rourke)が全編ヴォーカルをとったアルバム『Simple Songs』が素晴らしい。

ウィルコのプロデュース、ソニック・ユースへの参加といった経歴から想像できるサウンドで、OGRE YOU ASSHOLEの近作とも似て、耳触りよくさらりと聴けてしまうが繰り返し聴くごとに新たな発見がある。

何より演者の魂にその熱量に巻き込まれていく。

本作(『Simple Songs』)を聴いてブライアン・ウィルソンの新作『No Pier Pressure』も聴き返したくなった。

かつて『Pet Sounds』、『Smile』で際限なき音楽の実験を繰り返していた男が2015年に作り上げたエヴァー・グリーンなポップス。

ジムは彼とヴァン・ダイク・パークスへの憧れをたびたび口にしているが、ヴァン・ダイクは細野晴臣と親交深く、さらに細野の在籍したはっぴいえんどを始めとする日本の音楽をジムはこよなく愛している。

その一方でジムからの影響を公言する日本のミュージシャンも後を絶たない。最近では岡田拓郎(森は生きている)や吉田ヨウヘイ(吉田ヨウヘイgroup)がそうだし、そもそも10年代東京インディーの音楽性、そのルーツの一つであろうトクマルシューゴは10代の頃ジムの99年作『ユリイカ』からも影響を受けたという。

このように現行インディー・シーンに絶大な影響を与え、プロデューサーとしては前野健太、石橋英子らの作品を次々手がけ、おまけに日本語も堪能なジムはまるで国内ミュージシャンのようだ。

実際、「Half Life Crisis」で聴ける日本の歌謡曲のような泣きメロは、彼が流転の果てに辿り着いた東京の地で過去を顧みるようだし、

「Friends With Benefits」で爪弾かれるギターとそれに絡むピアノは雅楽のように響き、「That Weekend」では変拍子の繰り返しに70年代日本のフォーク・ソングのような歌が乗る。

変わって「Last Year」でのギター・プレイはニール・ヤング・ウィズ・クレイジー・ホースを髣髴とさせる。時に荒々しく、時にトリッキーな演奏に比べて、アルバムを通して聴いた印象は優しくてどこか孤独だ。

筆者にとっての定義だと前置きするが、音楽とは寂しいものだ。個々人の感情は決して誰にも理解できないし共有されない。

ジム・オルークはかつて前野健太の書く歌詞について「黒いユーモアのセンス、あまり幸せでない感じがある。それが自分と同じ」という内容を語っている。

またトクマルシューゴは「ヘンテコな音楽に普通のメロディーを乗せてもいいのだと若い頃気づいた」という風に発言しているが、これは彼とジム・オルークの生み出す音楽の共通項を言い当てている。

ノイズ、ドローン、即興の応酬をへて辿り着いたシンプル・ソングズ。アメリカのルーツ・ミュージックとも日本の歌謡曲とも違う、しかし圧倒的に聴きやすく馴染みやすい歌。

ジムが日本に移り住み、東京のミュージシャン達と交流するなかで生み出された作品。もはや彼はシカゴ音響派/グラミー賞プロデューサーとしてではなく日本の最重要ミュージシャンの一人として語られるべきではないだろうか。

【Writer】Toyokazu Mori (@toyokazu_mori)
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